Chap.4 Nana’s memory.885 15th November 1861
遊園地に行った日から博士がおかしくなってしまわれました。
博士と一緒に見る
人と人が殺しあったり、憎みあったり、呪いあったり。どれも悪夢のようなものです。
「博士……。これ、見たくありません」
そう言ったのがいけなかったのでしょうか。博士の笑顔が壊れました。瞳がおかしな風に光っていて、口元が歪んでいて、頬をわずかに高揚させられています。
冷たい汗が流れました。私はそれを恐怖と認識します。
博士に恐怖するなどありえません。
そう思いましたが、その感情は日に日に増大していきます。
「ナナ、少し刺激が強いだろうが今日はこれを見ようか」
最近よく見る怖い笑顔で博士はおっしゃいます。私は震えました。
ですが、博士は楽しそうです。断って嫌われたくありません。
私は博士と一緒にソファに座ります。
それは
私は見ていられなくなりました。なぜかと聞かれたらわかりません。それでも、もうこれ以上見たくありませんでした。
目を閉じます。それでも音が耳に入ります。みんなが切られてねじられてつぶされていく音。
膝を抱えて耳をふさぎます。体が震えます。
怖い、怖い、怖い!
「ナナ」
博士の優しい声。
ああよかった。きっとこんな恐ろしいものは停止してくださるのだ。
そう思いました。だけど違いました。
「ちゃんと見ろ」
顔は笑っているのに、目が笑っていません。私はその表情に怒りを検知しました。
恐ろしくなって私は言われた通り幻影投影箱に向き直ります。
歯車が突き落とすハンマーに脳がつぶされ、鮮血を飛ばしていきます。
「あ……あぁ……」
言語化できない声が喉から漏れます。あまりに残虐な情報に私の脳がショートを起こしかけているのがわかります。
何度も目を背けようとします。ですが、その度に博士に止められます。
博士はどうして私に意地悪をするの?
ですが、博士は楽しそうです。
私に感想を聞き、メモをし、寝食をお忘れになるくらい書斎にこもっていられます。何をしているのかも教えてくださりません。
きっととても楽しいことをなされているのでしょう。
だったら、それでよいのでしょうか?
「申し訳ありません、ベリンダ様。長時間お話に付き合っていただいて」
日用雑貨を買いに行った帰りに近所のベリンダ様の元に伺い相談させていただきました。
彼女は博士の幼馴染。天涯孤独の博士のことを誰よりもわかっていらっしゃいます。私よりもずっと。
それを思って私の胸は張り裂けそうになります。原因はわかっています。それでも、私はベリンダ様を強く信頼しています。
「ナナちゃん」
ベリンダ様の声で正常な思考が戻り、瞳の焦点を彼女に合わせます。ベリンダ様の顔はどこまでも曇っています。
「嫌な予感がする」
「嫌な予感ですか?」
「ああ。あいつは天才型の馬鹿だからな」
ベリンダ様の矛盾したお言葉に私は首をひねります。
「意味を教えていただけますか?」
「そうだな。お勉強はできるが、人として欠けてるんだよ」
ベリンダ様は頭をかきむしられます。
「ナナちゃん、あいつの元を離れてこっちで生活しろ」
「え」
「あいつから離れたほうがいい」
ベリンダ様の意図が全く読めません。
「なぜですか」
「なぜ……。あいつはナナちゃんを――」
鈴の音を響かせ、扉が開きます。博士がほっとしたような顔をいたしました。
「ナナ、遅いじゃないか。心配したぞ」
その顔は怖い博士ではなく優しい博士でとても嬉しく思いました。
博士が私に手を差し伸べられます。
「帰ろう、ナナ」
「はい」
私は博士の手を掴みました。その手はとても温かかなものでした。
「ナナちゃん、何かあったら私に言いな」
ベリンダ様の声に頷きます。そして、彼女は博士に放ちました。
「ナナちゃんは人間だ。お前の人形じゃない」
ふっと足元に穴が開いた感覚がしました。近日の博士の私の扱いを言い得ていたからです。
ベリンダ様を振り返らずに博士はおっしゃります。
「当然わかってる」
私からしか見えないその横顔はあの怖い笑みでした。
手をつないで二人で帰路につきます。博士が私にお尋ねになります。
「ベリンダと何を話していたんだ?」
「世間話です」
私はとっさに嘘をつきました。私は私自身に驚いてしまいます。今までこんな明確に嘘をついたことなんてありません。
気づけば私の足は止まり、博士も自然と足をお止めになりました。博士が私の顔を覗き込まれます。
「どうした、ナナ?」
「なんでもありません」
二度目の嘘をつきました。博士のブラウンの眼があまりにも怖かったから。
博士は喉の奥でかみ殺したような奇妙な笑い声をあげられると、私の手を引いてまた歩き出されました。その歩調は速く、私は引きずられるように家に帰りました。
扉を開き片手で鍵を閉じ、もう片方の手は私を掴んだまま。博士はずんずんと進まれます。私も進まざるを得ません。
そして、たどり着いたリビング。席を勧められ着席します。
博士が私の後方に回られます。手首を強く掴まれ、そして、かちゃりと音がしました。
両手が動きません。枷のようなものをはめられています。
「博士……?」
体の血が下っていきます。頭が、指先が冷たくなっていきます。
私の正面の席に座った博士がにこりと笑顔を浮かべられます。
「さあ、ナナ。どうして嘘をついたか教えてもらおうか」
「あ……」
「痛くはしたくない。素直に言えよ?」
私はその指示に従いました。拒否権はありませんでした。
ベリンダ様に言わなければ。
博士がおかしくなってしまわれました。
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