Chap.3 24th June 1863
エディがナナへの実験を始めてから五か月が経った。
実験は順調に進んでいる。記憶、それに付随するナナの感情を無理矢理呼び起こし、記録媒体に移すのだ。ナナへの負担は大きい。そのため、一日に三日の記憶が取り出せればいい方だ。
エディはそれを一つ一つつぶさに観察していた。時間はいくらあっても足りない。だが、楽しくて仕方なかった。
「博士、休息を推奨します」
実験室の外からナナが恐る恐るといった風に声をかけてくる。エディは投影機の前の椅子から立ち上がる。
「ありがとう。食事にしようか」
「はい」
ナナの顔は晴れなかった。
エディはナナにたわいない会話を振るが、彼女の反応は薄い。地下室を抜けてダイニングに向かう。
昨日までで約一年分の記憶を取り出した。そのため、ナナの頭にはその記憶が残っていない。
監禁されていたことなど何も覚えていないのだ。反抗心もが薄らいだようで、エディに逆らわなくなった。だが、まだ恐怖心は抜けないようだ。
料理を静かに口に運ぶナナを見つめる。
監禁時に覚えさせたかった感情は憎悪と嫌悪。それはもう消えている。さて、その代わりに今度は何を植え込もうか。決まっている。
「ナナ、美味しいか?」
「はい。大変美味と検知されています」
言葉こそ機械的だが、その顔は張りつめている。そんな彼女に組み込むのだ。
憎悪、嫌悪。今度はその逆を――。
親愛、恋慕。これを覚えさせていく。
流通している
「そのわりに子をなす機能を兼ね備えてるとは……。面白いほど矛盾しているな」
皮肉交じりに呟くと、ナナがびくりと顔を上げた。エディは首を傾げる。
「どうした?ナナ」
「いいえ、問題はございません」
ひたすらに首を横に振るナナ。食事を終え、片づけをしている際もちらちらとエディのほうをうかがう。
「何を隠してるんだ?」
問い詰めるとやっとのことでナナは口を開いた。
「博士の表情に怖い、を見つけました」
「怖い、俺がか?」
「そうです。申し訳ありません」
ナナはびくびくとしながら頭を下げた。エディはその頭に手を伸ばす。ナナはそれを払わない。もう、敵愾心を抱くことも、逃亡の意志もないだろう。
それに満足しながらエディはナナの短く切りそろえられた艶のある黒髪を撫でる。
「謝らなくていい。俺の何が怖いか言ってくれ」
「……。その、博士の先ほどの表情は私の胸をざわつかせます」
「ふむ、具体的には?」
「また、怖いものを見せたり、変な実験をしませんか……?」
上目遣いのナナ。そういえば監禁する前にも少し実験をしていた。
エディは今更ながらに思い出し、頭を押さえる。あの記憶がある限り、恋慕どころか親愛の情も抱かせるのは難しいだろう。
「悪かった、ナナ。もう二度と怖い実験はしない。約束しよう」
そういうと、ナナは胸に手を置き、大きく息を吐いた。
「よかったぁ」
その崩れた口調に安堵の笑顔。エディはナナを抱きしめる。
「ナナ、お前はすごいな」
「何か褒められることをいたしましたか?」
「ああ、その存在が素晴らしい」
ナナには見えないエディの顔は歪んでいた。
人造人間は人形だ。それが社会の見解だ。だが、目の前にいるそれは人形とは思えない、人間だ。
興味をそそられてやまない。ナナの声が耳元で聞こえる。
「博士……?」
不安げなナナの声にエディはより強く彼女を抱きしめた。
二度と放してやるものか。
そう心で誓いながら。
ナナが所在なさげに
そこにはありがちな人造人間破壊事件の記事が載っていた。犯人が捕まったらしい。罪状は当然器物破損。人造人間に人権はない。彼らは物だ。
ふっと、ベリンダのことを思い出す。彼女のことだ。今頃ナナを探しているだろう。見つかる可能性は限りなく低いがないとは言えない。彼女ならやりかねない。
まあ、それまでにナナの思考を塗り替え、ベリンダのことさえも忘れさせてしまえば問題ないか。
そんなことを考えていると、ナナと目が合った。ナナがおずおずと話しかけてくる。
「博士、この作品は大変エキサイティングです。ともに楽しむことは可能ですか……?」
「それはいい。待ってくれ、お茶でも用意しよう」
ソファに腰かけ、ナナに好物のココアを与えると笑顔でそれを受け取る。
「博士のココア、とても好きです」
そういってココアに口をつける彼女の表情はまるで汚れを知らない幼子のようで。
「とても面白いですね」
ナナが画面を見ながらそういう。エディは答える。
「とても面白いな」
彼の視線はナナに向かっている。
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