Chap.2 Nana’s memory.1251 15th November 1862
ここに閉じ込められてどれくらいが経ったのでしょう。
薄暗い書斎。窓は目張りされ、光は差し込みません。日付の感覚を失ってしまいました。
こんな時に、前バージョンの
Ver.6まで人造人間は人間と違う特殊なスペックが与えられていました。怪力だったり、優れた知能だったり。
しかし、それは人類を脅かすとして、私のような人間と変わらないスペックを持つ人造人間が生まれました。
私はいたって平凡。この手足に付けられた枷を引きちぎることも、ここから出るための具体的な策を考えることもできません。
もう、考える力すら残っていないことを情けなく思います。
扉からわずかな光が差し込みました。
「ナナ、食事を持ってきた」
今日も博士の顔には怖い笑みが浮かんでいます。博士は軽やかな足取りで部屋に入られると、私の前に食べ物か何かわからないものを差し出されました。
異臭。これは食べ物ですらない。私の脳はそれを口にすることを拒否します。ですが、出される食事はこれのみ。これを食さないと私は空腹で死んでしまいます。
泥のようなものを手で掴み、口に含みます。口内に広がる臭み。思わず吐きかけ、口元を手で覆い、何とか飲み干しました。
「はぁ……う、ぐぅッ……!」
何度も何度もえずきます。博士はそんな私を満足そうに見下ろされます。
「なあ、ナナ。お前をここに閉じ込めて一年がたったんだ」
私はとても驚きました。
いつの間にそんな時間が経っていたのでしょう。いいえ、違います。私の驚きはそんな短い間でしかなかったことにです。五年、十年といった長さを感じていました。
博士は私の伸びた黒髪を撫でられます。そして、そのブラウンの眼で私を見つめ、問われます。
「俺が憎いか?ナナ」
「いいえ」
答えは決まっています。博士の顔が歪みました。
「ナナ、それは人間に従順な人造人間としての答えか?それとも、お前だからこそ抱く答えなのか?」
「当然私の意志です。人造人間は思考する生き物。必ずしも人間に従順とは限りません」
「まだ、そんなことを言うか」
博士の顔から笑顔が引き、うんざりとした表情を浮かべられます。
「言っただろう。市販されている人造人間は人間に従順な思考を植え付けられている。ナナ、お前が特例なんだ」
博士が膝をつき、私の顎を掴まれました。
「嫉妬、憎しみ、恨み。お前は人間が持つ醜い感情をどんどんどんどん吸収している。それがどれほど素晴らしいか。どれほど革新的か!」
その瞳に映る私はきっと「ナナ」ではなく「面白い人形」。胸が締め付けられます。
博士の瞳が弧を描きます。
「あと少しでお前の全てを暴く機械が完成する。すべて見せてくれ、ナナ。お前がなぜそのような感情を芽生えさせたのか、どうしてお前が特別なのか、誰が作ったのか、俺以外の誰がこんな素晴らしいものを!」
一息に言い、顔を俯かせる博士。私から手を離した博士は震えていらっしゃいます。いつものように狂った笑いを嚙み殺していらっしゃるのでしょう。
私は届かないと知りながらいつもと同じ言葉を口にします。
「私にはわかりません。私は製造機によって作られた一般的な人造人間。特別なものではなく、ただの量産品。博士の言うようなものではありません」
「そんなわけないだろう」
博士は立ち上がられ、さぞ楽しげにおっしゃります。
「量産型がそんな感情を持つはずがない。お前はもともと変わった人造人間だった。好奇心旺盛な幼子のようだった。それだけで十分だったのに!」
無垢な頃の私自身を思い出し、悲しくなりました。汚い感情を覚えてしまった私に対してではありません。あの頃のことをもはや懐かしいと感じてしまう私にです。
博士が偽物の優しい目で私に手を伸ばされます。きっと頭をなでてくれる。今でも、嬉しいと思います。だけど――。
ぱんっ、と乾いた音が地下室に響きました。
私は博士の手を払います。博士は目を見開き、そして、笑い出されます。
「あはははははっ!反抗的だ!いいぞ!それでいい!俺を恨め、憎め、呪え!そして、その感情をすべて曝け出せ!」
しばらく笑った後、博士は私の頬に触れられました。
「ああ、ナナ。最高の人造人間。もうすぐお前の全てを知ることができる。楽しみでたまらない」
博士の手は温かく、ですが、それが気持ち悪くて、寂しく思いました。
博士が去った部屋。私はまだ夢見ています。いつかの温かな日々に戻れる日を。
廊下がきしむ音がしました。誰かがこちらに向かってきます。博士の足取りではありません。
「遅くなってごめん。助けに来た、ナナちゃん」
ベリンダ様が静かに部屋に入ってこられます。枷を外していただき、私たちは博士が不在のうちに蒸気車に乗り込み夜のスティルブラスの街に駆け出します。
運転席のベリンダ様がしっかりと前を見据えておっしゃりました。
「ナナちゃん。捕まるな、捕まっちゃいけない」
「はい」
私は頷きます。
博士の思い通りに事を進めてはいけません。あの方とのいつもか日々を取り戻すために。
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