みんなで食べると

「ヒサトくん。これとこれもテーブルに運んで」


 サツキさんの指示が飛ぶ。


「はい。分かりました」


 俺はサツキに言われたとおり、テーブルの上にこんがりと焼けた鳥の丸焼きと、生野菜のサラダを置く。


「めっちゃうまそうだ」


 焦げ目のついたカリカリの皮の内側で、濃縮された肉汁たちが早く外に出せと喚いているみたいだ。

 トマトもキュウリもレタスも、きらきらと輝いている。


 俺は、口の中にたまっていた唾液をごくりと飲み込んだ。


「あの、サツキさん。味……どうですか?」


 背後でアヤの声がする。

 スープはアヤが担当なので、少し不安――いや、かなり不安だ。


「どれどれー」


 サツキさんはアヤの横に立ち、お玉で鍋からスープを少量すくい、一口。


「……うん。美味しい! アヤちゃん意外とセンスあるのね」


 ええええええ!


 まさか、え? 美味しい?


 もしかして、サツキさんってゲテモノ料理もいける口なのか?


 想定外の言葉に、俺は呆然とその場に立ちくした。


「いえ、そんなことは……」


 アヤは恥ずかしそうに前髪をいじっている。


「謙遜しないで。本当に美味しいんだから」

「はい。ありがとうございます」


 アヤの料理が美味しいなんて……。


 まだ信じられなかったが、でも、サツキさんとアヤの並んだ背中を見て、心がほっこりと暖まるのを感じた。


 家族が集まるって、本当にいいな。


「ただいまー! ヒサトー、扉開けてー!」


 そして、今リビングの扉の外から俺に命令してきたのは、もちろんアンナだ。


「はいはい。ってか自分で開けろよ」


 不満を垂れ流しながらも、俺はアンナのために扉を開けてやる。


「って、なんだよその大荷物。頼んだのは飲み物だけだった気がするんだけど?」


 アンナは両手いっぱいに袋を抱えていた。


「だってパーティーなんだよ。お菓子だっていっぱいいると思って」

「それ自分が食べたかっただけだろ?」

「じゃあこれ全部ヒサトには食べさせてあげませーん」

「そうは言ってないだろ」

「あっ、アンナちゃんも返ってきたのね。ちょうどよかった」


 俺たちの言い争いに割って入ったサツキさんは、ちょうどエプロンをたたんでいるところだった。

 どうやら料理はすべて完成したらしい。


「はい。飲み物確保は完了です。……って、超ウマそぉおお」


 アンナはテーブルの上に広げられた料理を見た途端、感嘆の声を上げた。


「これアヤも手伝ったんだよね? すごいよ!」

「いや、サツキさんに言われた通りやっただけだから」

「それでもすごいよ。私だったら言われた通りやっても変なのできちゃうもん」


 二人とも、仲直りならもう済ませている。


 ただ、その時に、二人は意味の分からない会話をしていた。


「アヤ、ごめんね」

「私の方こそ、ごめんね」

「うん……でも私、負けないよ」

「……私も」


 何に対してアンナが『負けないよ』と言ったのか、興味が湧かなかったと言えば嘘になる。

 けど、その後二人は目を合わせて笑い合っていたので、聞くのは野暮というものだろう。


「じゃあ、三人は座って待ってて。今日の主役を呼んでくるから」

「はい。分かりました」


 俺の返事を聞いたサツキさんは、鼻歌を歌いながら部屋を後にした。

 

 本日の主役を呼びに行っている。

 こんな日まで部屋にこもって仕事とか、ほんとバカだよ!


「それにしても、本当においしそうだよね」


 三人でテーブルを囲んで待っていると、アンナが今にもよだれをたらしそうな顔で料理を凝視し始めた。


「……食べちゃダメかな? 味見ってことでさ」

「子供かっ! それより飲み物用意しとこうぜ」


 俺はアンナをたしなめてから、飲み物をコップに注いでいく。全員分を終えると、タイミングよく今日の主役を連れたサツキさんが部屋に戻ってきた。


「おっ、どれもうまそうだな。サツキが全部やったのか?」


 今日の主役――ようやく退院した兄ちゃんが、テーブルの上の料理を興奮気味に見渡す。


「ううん。アヤちゃんも手伝ってくれたの」

「少しだけですけど」


 謙遜したアヤを見て、兄ちゃんはほわっと笑った。


「そっか。じゃあ余計に楽しみだなぁ」

「あら、私の手料理だけじゃ不満ってこと?」


 サツキさんは兄ちゃんの背後で握り拳を掲げている。


「……いや、そういうわけじゃないって。ほら、その」


 女に頭が上がらないのは英雄でも同じらしい。

 兄ちゃんの情けない姿を見て、俺は笑った。

 アヤもアンナも笑っていた。

 顔をこわばらせていたサツキさんも、最後には笑い出し、


「分かってるって、ほら、早く席について」

「サツキはの冗談は分かりにくいんだよ」

「冗談だと思ってるの?」


 サツキさんの鋭いツッコミで、またリビングが爆笑の渦に包まれる。

 誰のためのパーティーか分かっているから、兄ちゃんは一つだけ独立した席、いわばお誕生日席に自ら腰を下ろした。

 サツキさんも座って――これでパーティーの準備は完成だ。


「これで全員……揃ったのって初めてか? って初めてだよな、そりゃ」


 俺が今までいなかったんだから、と兄ちゃんは四人を見渡しながら感慨深げに呟く。


「でも、よかったんですか? 家族水入らずなのに、私までお呼ばれして……」

「いいのよ。アンナちゃんだって、家族同然なんだから」


 サツキさんがアンナに微笑みかける。


「そうだよ。アンナもいた方が楽しいよ」


 アヤも嬉しそうにアンナの肩に手を乗せた。


「そっか。私も、今がきっと、人生で一番楽しくて幸せです!」


 高らかに宣言したアンナの姿や、それを笑顔で見守るみんなの姿は、一生の宝物だ。

 ここで泣いたら格好悪いと思って、俺は必死で涙を我慢した。


「おいヒサト? お前泣いてるのか?」


 兄ちゃんは余計なことを言わなくていいんだよ。


「はっ? 泣いてないから。それより早く食べようぜ。せっかく作ってくれたのに、冷めちゃもったいないよ」

「それもそうだな。じゃあ、みんなグラスを手に持って」


 兄ちゃんは意気揚々と席を立つ。


「えー、今日は家族で食べる初めての食事です。これからみんなで暖かな家族を目指しましょう! かんぱーい!」


 その合図とともに、五人のグラスがこつんとぶつかり合う。

 その音はどんなに高級なバイオリンの音色より美しい、だ。


「何これ! めっちゃ美味しい!」


 一番にこんがりと焼けた肉にかぶりついたのはアンナだった。


 アヤも自身が作ったトマト風味のスープをスプーンですくってゆっくりと口に運ぶ。


「あれ、……おいしい。味がわかる」


 その直後にぼぽろぽろと涙を流しながら、アヤは、


「みんなで食べると、こんなに美味しいんだ」


 しみじみと呟きながら、幸せそうな笑顔を浮かべた。

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天才の兄が突然ツンデレ美少女を連れて一緒に住むことになったけど、その理由がラブマッチングしたからってどういうこと? 田中ケケ @hanabiyama

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