英雄

「兄ちゃん……?」


 なんでここに兄ちゃんが?

 それに、能力は使えないはずじゃあ……。


「俺が守るって言ったろ? 家族の危機に、使えないなんて弱音を言ってる場合じゃないからな」


 兄ちゃんの背中から漂う圧倒的な安心感が、俺の体を安らかに包み込んでいく。


「……兄ちゃんやっぱり天才だ」

「その言葉……言われて初めて嬉しいって思ったよ」


 俺の方をちらりと振り返った兄ちゃんは、少しだけ頬を赤く染めていた。


「……貴様ァ、ようやく表れたな」


 サカキの声に憎しみが追加される。


「お前、凄いな。その研究まだ続けてたのか」

「当然だァ! お前ができなかったことを俺ができれば……なのに、それすらお前は」

「悪かったな。嘘ついて」

「そういうところがムカつくんだよ! 殺せェェ!」


 サカキは命令により、機械人間は兄ちゃん目掛けて突進してくる。


「兄ちゃん! あれ、きっと兄ちゃんの」


 ノゾム、って人の体だと思う。


「大丈夫。分かってる。でも、だからこそ俺の手で終わりにするんだ」


 そう言い切った兄ちゃんの背中から氷の翼が生える。

 兄の体を包む氷の鎧は、秀麗で、とても格好いい。


「兄ちゃん……かっけぇ」

「当たり前だ。なんたって俺は英雄だから」


 飛びかかってきた機械人間ノゾムの攻撃を兄ちゃんは正六角形の氷の盾で防ぐ。

 バランスを崩した相手の右足を氷で包み込むと粉々に粉砕。

 すぐに腹部を蹴り飛ばし、機械人間ノゾムを後方に吹っ飛ばす。


 機械人間は怒り狂うサカキ・ウラゾエの真横を通過し、壁に衝突すると動かなくなった。


「…………は?」


 サカキの顔から余裕は完全に消え去っていた。

 何が起こったのか理解出来てすらいないようだ。


「ここの場所を伝えてくれたアンナちゃんに、後でお礼言っとくんだぞ?」


 俺が返事をする間もなく兄ちゃんの姿が消える。

 すでに兄ちゃんはサカキの背後に立って、首元に氷の剣を突きつけていた。


「落ちぶれたな。こんなことまでするようになっていたとは」

「貴様に何が分かる? 天才のお前に、貴様さえいなければ、今頃俺が貴様のように」

「確かにな。天才は挫折に弱い。だからお前の気持ちも少しは分からんでもないが……それでもお前はもう人間じゃない」

「お前だってただの大量殺人鬼だがな」

「ああ。でも俺は人間じゃなくても、天才じゃなくても、家族を守れるだけの力があればそれでいい」

「そうか……じゃあここでそれも終わりだなぁあああああああ!」


 サカキ・ウラゾエは狂ったように、愉しそうに、金切り声をあげた。


「ここでお前を俺が殺してぇぇええええ! すべて終わりだぁあああ!」

「兄ちゃん! 後ろ!」


 俺は咄嗟に叫んだ。

 兄ちゃんに事の次第を伝えようと必死だった。

 機械人間ノゾムから蒸気が立ち上り始め、体が小刻みに振動しているのだ。


「……サカキ、まさか」


 兄ちゃんがサカキを睨みつける。


「ふっはっはっ……そうだ。もうすぐここにいる全員が、爆発の巻き添えになって死ぬのだ。逃げてももう遅い」

「貴様……」

「みんなで仲良く死のうじゃねェエエエかぁああああああ……ああァぁ――」


 サカキの声をかき消すように、機械人間ノゾムを中心に眩い光が発生する。

 俺は咄嗟に目を閉じ、アヤのことを抱きしめた。

 アヤも、必死で生にしがみつくように俺を抱きしめ返してくれた。


「間に合えぇっ!」


 兄ちゃんのそんな声が聞こえた気がする。

 気のせいだったかもしれない。


 だってその時にはもう爆風と、衝撃と、命の終わりが――――


「――おい。だい……じょうぶ……か? 二人とも」


 聞こえた声は紛れもなく、兄ちゃんの声だった。


 俺とアヤのすぐそばで、身を挺して家族を守った英雄が、確かに目の前にいる。

 氷の翼を広げて、それを防御壁にして守ってくれたようだ。

 兄ちゃんの体を覆っていた氷の鎧ももうぼろぼろ。

 教会なんて跡形もなく消え去っている。

 サカキの体も爆発とともに消し飛んだのだろう。


「……兄ちゃんこそ……大丈夫なのか?」

「ああ。大丈夫だ。でも……もう動けないな」


 兄ちゃんは顔を引き攣らせながら、それでも笑って見せた。

 そんな兄ちゃんを、あたたかな太陽の光が照らしている。


「あの……お兄さん。……私」

「アヤも、無事でよかった」


 兄ちゃんの体の前面には傷一つない。

 だけどものすごく苦しそうに息をしている。

 きっと背面は、爆発の衝撃で無残な傷がいくつもついていることだろう。


 それでも……兄ちゃんはいつまでも笑顔を崩さなかった。


「兄ちゃん……ごめん」

「謝るな。約束したろ? 守るって。だから――」


 息も絶え絶えな兄が言おうとした言葉は途中で止まった。


 それを遮ることができたのは、きっと彼が兄の親友だったからだろうと思う。


 肩より上しか残っておらず、黒く爛れている皮膚は見ていて痛々しい。

 それが爆発の震源だったのだとはっきりと理解させてくれる。


 けれど、そんな顔でも、きっと機械人間ノゾムは笑っていた。


「トウ……シ、ロウ………ありがとう」


 その言葉をしっかりと聞き届けた兄ちゃんの目から涙が零れ落ちるのを、俺は目撃していた。


 英雄トウシロウ・アガヅマは、そのまま安らか顔で意識を失った。

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