トウシロウとノゾム

 トウシロウは、月明かりを背に家へと帰っていた。


 何故、自分は断れなかったのか。


 二か月前に始まったプロジェクトの被験者名を今日初めて知らされて、動揺したはずだったのに、トウシロウは反発しなかった。


 有り余るほどの金銭を提示されたとか、人質をとられていたとか、そういう魅力的な理由もなかったのに。


「ヒサト、か」


 選択肢としては妥当な判断だ。


 ヒサト・アガヅマは能力者の弟なのだから。


 これまで弟は、天才の弟ではあったが、普通の弟として生きていた。


 普通であることに憧れていた自分は、きっとどこかでそれを体現している弟を恨んでいたのだろう。


 昨夜、両親にその事実を打ち明けた時は、決定事項だからと肩を落とした両親に拒否権すら与えさせなかった。


「後は、誰に……」


 そして、もう一人は好きに選んでいいと言われている。

 才能がありそうなやつを実験台にしろと、トウシロウ自身に委ねられている。


 真っ先に浮かんだのはテツだった。

 体格もいいし、純粋に強い。


 ――その選択をしてはいけないと思い、その考えは頭の中から葬り去った。


「能力者になりたいやつを募る、は無理だよな。極秘なんだし」


 八方塞がりだ。

 誰を能力者大量殺人鬼にすればいいのか。

 自分と同じ立場にさせていいのか。


 そんな人間いるはずなどないと、トウシロウは分かっている。


 ふと立ち止まって夜空を見上げると、星たちのさんざめく輝きが目に痛かった。


 この前のように、いきなり後ろから肩を組まれた。


「よう! こんな時間にどこほっつき歩いてんだ?」


「なんだ。ノゾムか」


「何だとは何だ? それより……まさかこれか? その帰りか?」


 小指を立てながら笑っているノゾムの目は充血しており、頬には涙の跡があった。


「王宮からの帰りだよ。ずっと研究室にこもりっぱなしで」

「これとあんなことやこんなことをするためにか?」

「だから違うって。今まで仕事に没頭してただけ。俺ってほら、超まじめ人間だからさ」

「だからどこがだよ⁉」


 もはや鉄板のネタだ。

 しかし、今日は思ったほど場が明るくならなかった。

 今が夜だからかな。

 

「まあとにかく、色々処理しなきゃいけないこととかあって、ここ最近はずっと、ほぼ徹夜みたいな」

「そっか、天才も大変だなぁ……。でも」


 ノゾムはそこで一度言葉を止めた。

 試すような目で、トウシロウを見つめる。


「その覚えることってのは……処理することってのは、のと関係あるのか?」

「はっ? いきなりどうしたんだよ?」

「だから、警備隊はこの国の治安を守るのが仕事じゃないのか?」

「えっ……何言ってんだ? そうに決まってるだろ? ノゾムだってそういうのが格好いいから入りたいって、言ってたじゃん」

「じゃあ!」


 ノゾムから睨まれる。

 トウシロウは、そんなノゾムから目を逸らした。


「じゃあ何で……何で父さんは帰って来ないんだよ。遺体すら帰って来ないんだよ。警備隊の巡回中に死んだなら、遺体くらい帰ってきてもいいだろ?」

「えっ? ノゾムの父さんが? ……まさか」

「そんな嘘つかなくていいから! 全部知ってたんだろ? トウシロウの嘘つく時の癖くらい知ってるよ!」


 トウシロウは何も言い返せなかった。


 図星だから。


 ってかそんな癖、俺にあったのか。


「それに、父さん俺に言ったんだ。出かける前、最後に言ったんだ。……警備隊なんかに憧れるなって。国のためなんかより、母さんたちを守ってくれって」

「それは……あれだよ。あれ、あれなんだ」


 弁明しようとしているのに、言葉が出てこない。


 その日、定例会議で警備隊代表のノゾムの父親は戦争に反対の立場を表明した。


 一人で勇敢にも、無謀にも。


 結果、即日処刑された。


 トウシロウは、ノゾムの父親のことをバカだと思った。


 親友の父親だと知っていても、そう思った。


「あれだよ、だから……その…………」

「何だよ、何で黙るんだよ?」


 ノゾムの目に失意の色が浮かび上がる。


「トウシロウ、てめぇはよお!」


 ノゾムはトウシロウの襟元を両手でつかんだ。

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