天才のくせに


「なぁ? お前は全部分かってるんだろ? それくらいの立場の人間なんだろ? 俺はお前と違ってバカだから、天才じゃないから……今何が起こってるのか分かんないけど、お前には分かるだろ? 知ってるんだろ?」

「……ごめん」


 トウシロウには、謝る以外の道は残されていなかった。


 この国が戦争へと突き進んでいることも、戦争に反対した人間がどうなるかも、反逆者ノゾムの父の処刑に反対したらどうなるかも、トウシロウは分かっていた。


 そもそも、トウシロウは戦争に反対の立場ではなかった。

 人間が生きている限り戦争が起きないなんて不可能だと思っている。


 それにここまで事が進んでいる以上、たとえこの国だけが戦争に反対の立場になったとしても、いつか確実に巻き込まれる。

 戦争は津波や噴火と同じような、自然災害でもあるのだから。


 そして、その戦争では自分トウシロウと、自分トウシロウが製造した能力者が多くの人を殺すのも明白だった。


 天才は、国民の命を背負わなければならない。


 天才の自分トウシロウが拒絶したら、自分トウシロウより弱い人間が前線で戦うことになる。


「謝られたって分かんないよ。父さんは何で、死ななきゃいけなかったんだよ? 俺らを残して、死ななきゃ……」

「ごめん。言えないんだ。機密事項なんだ」


 今のノゾムに父親が死んだ経緯を話せば、ノゾムは国に対して不満を感じるだろう。

 ノゾムが誰かに他言しない保証もどこにもない。


 あくまでも我が国は、という建前で戦争をするのだ。


 なのに、こちらから戦争をしかける気満々だったなどという噂が広まればどうなるか。


 そういうちょっとした綻びから内部から崩壊し、国の団結力は乱れ、戦争に負けてしまう。


 情報操作によって一般市民をいかにして団結させるか。

 戦争をすることに対して納得させるか。


 それが開戦前において一番大事なことだ。

 大抵の戦争は、味方の裏切りが終わらせるのだから。


「機密事項ってなんだよ! 俺が強けりゃ教えてくれるのか?」

「違う。ノゾムが普通の人間だから」

「じゃあトウシロウみたいに地位があれば教えてもらえるのか? 俺たちは……もう友達じゃないのかよ?」

「ああそうだ」


 トウシロウはそう吐き捨てた。


 才能のせいで、友達を失うのなんて、もう慣れっこだ。


「トウシロウ……」


 ノゾムが、二歩、三歩と後ずさっていく。

 そうだ。

 このまま離れて行け!

 天才トウシロウ・アガヅマとかかわっても、いいことなんか一つもないんだから!


「だったら俺は強くなりたい」


 なのに、ノゾムは歯を食いしばっていた。

 立ち去ってくれなかった。


「もっと強くなって、これから俺が……母さんや妹を、父さんの代わりに守れるくらい、真実を知れるくらい、強くなりてぇ」


 ノゾムの目はまっすぐ前を向いている。

 未来を、見据えている。


「俺はトウシロウの才能が羨ましかった。テツみたいにでかい人間に生まれたかった。本当に……俺はお前らが羨ましいよ。ずっと、俺も……お前らみたいに強くなりたかったんだよ」

「だったら、能力者になるか?」


 とても冷たい声だった。


「ノゾムも、能力者なんかになりたいのか?」

「はっ?」

「だから、ノゾムは俺と同じ……能力者になってもいいんだな?」


 強くなりてぇ?


 ふざけんな。


 強くなったって、天才になったって、いいことなんか一つもないんだよ!


 その才能を搾取され続けるだけなんだよ!


「実は今、能力者になってもいいっていう人を探してたんだ」


 実験台だと言えなかったのは、ノゾムと友達でいたいという気持ちが邪魔をしたからだと思う。


「ノゾムがどうしても強くなりたいって言うなら、能力者にしてもいい」

「どうやって? そんな簡単に能力者になんかなれるわけないだろ?」


 その通りだ。

 しかし、それは可能になった。


「なれる。俺の頭脳を舐めるな」


 トウシロウ・アガヅマという人間が天才だから。


 しかもその手術はものすごく簡単だ。

 トウシロウのDNA情報の一部を移植するだけ……ではないけど、まあ、おおざっぱに言えばそんな感じ。


「どうだノゾム。やってみるか?」

「俺、は…………」


 二人の間を冷たい夜風が吹き抜けていく。

 

 ノゾムはゆっくりと口を開いた。


「……なる」


 トウシロウはその言葉の意味を理解し、唇を噛んだ。


「俺はやる。それ……やるから」

「分かった」


 トウシロウはありがとうともごめんとも言えなかった。


「俺は強くなって、俺の力で何もかもを変える。トウシロウが今何で泣いてるのかも分からないから……惨めで弱い自分とは決別したいんだ」

「え……俺が、泣いて…………」


 頬に触れると指先が濡れた。

 途端に視界が滲み始めた。


「あ、ああ、これはちょっと目にゴミが入っただけで……」


 慌ててノゾムに背を向けて、涙を手で拭う。


 天才のくせにバカみたいな言いわけしかできなかった自分が、ものすごく憎らしい。

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