トウシロウ・アガヅマの過去

天才の生き方

 トウシロウ・アガヅマは、物心ついた時から自分が周囲より遥かに秀でていることを知っていた。


 子供の頃から異常なまでに特別扱いを受け、褒められ続け、知らぬ間に自分はできる人間だ、天才なのだという意識も芽生えていった。


 幼い頃から、何をしても周囲が絶えずチヤホヤしてくれる。

 そんな環境下で育った人間が、自分のことを普通の人間だと思うことができるだろうか?


 そんなの、誰がその立場であっても無理だったと思う。


 けれど周りのせいで自意識過剰になってしまった天才が起こした失敗を、周りのせいにはすることはできない。


 天才だから凡人のせいにできない。


 凡人は天才のせいにできる。


 どれだけ頭のいい人間だとしても、自分の間違いにはなかなか気が付かない。

 そこには天才と凡人を隔てる壁はないのだ。


「よっ、トウシロウ。こんなところで会うなんて、今日は暇なのか?」


 いつものように王宮へ向かう十五歳のトウシロウ。

 そんな彼に背後から肩を組んで話しかけてきたのは、トウシロウの友達のノゾム・キリガヤ。

 さらにその少し後ろには、テツ・ミドリカワの姿もある。


「いいや、今から行くとこだよ」

「なんだよ。毎日大変だな、トウシロウはさ。こもりっぱなしで研究ばっかり。遊ぶ暇全然ないじゃん」

「……ま、まあな」


 トウシロウは、ノゾムに意味のある言葉を返せなかった。


「そんなの当たり前だろ? 国がその頭脳を欲しがるくらいトウシロウは天才なんだからな。全く、俺たちの誇りだぜ」


 テツが会話に入って来た。

 太陽よりも眩しい笑みを浮かべている。

 

「そんなことないって。ただ……人と比べてかなり頭がいいだけだ!」


 トウシロウは天才だと湛えられることに居心地の悪さを感じながらも、冗談っぽく胸を張って弁明しておいた。


「自分でそれ言うかよ!」


 予想通りのツッコミがノゾムから返ってきた。


 トウシロウは、友達といる時だって、結局はどこかで自分を演じなければいけない。


 昔はそんなことなかったのに。


 素の自分で付き合えていたのに。


 トウシロウは、ふと自分の人生を思い返した。


 他人から見れば確実に羨ましいと思える人生だと思う。


 だけど、天才として産まれてきたばっかりに、どれほど自分をひねくれてしまったか。


 脳を誰かと取り換えたいと思ったことは、一度や二度ではない。


 子供の頃からトウシロウは自分が天才だと認めなければいけなかったし、歳を重ねるにつれてそれを鼻にかけるとあまりよろしくない印象を与えることも理解した。


 子供の頃は凄い偉いと言わるだけだったが、大人に近づくと同年代からは妬み恨みが巻き起こる。

 地位が上がるにつれて年上の人間、その地位を奪われた人間からは逆恨みも増える。


 本当にみんな、勝手なものだと辟易したこともあった。


 そもそも好きで天才になったわけではないのに。


 だが、そこは天才。

 トウシロウはその解決策として、今の性格を手に入れたと言っていい。


 頭の良さをあえて大袈裟にアピールすることで、逆に嫌な印象を与えない。

 それでも嫌味を言われることはあったが、それはもう仕方がない。


 好きで頭の良さを手に入れたわけではないんだ! と弁明したって、それすらも凡人に対する嫌味になる。


 天才は少数派、凡人は多数派のため、天才はいつの時代も悪役に回り、凡人からの嫌味を一方的に受けなければいけない。


 努力すれば誰だって夢は叶えられる! と天才に言われても、説得力は皆無だろ?


 そのくせ凡人は、ことあるごとに努力しなかった自分を棚に上げ、天才を非難する。

 天才がひねくれ、凡人を毛嫌いする原因を作っているのは、お前たちの方だ。


 天才が天才であり続けるために、いったいどれほどのものを犠牲にしているか。


「ああ、俺もトウシロウみたいな才能欲しかったよ。しかも能力者で、イケメンで…………神はトウシロウだけに色々与えすぎだ!」


 ノゾムが空に向かって叫ぶ。


 その言葉の裏に詰まっているものをトウシロウは読み取ってしまって、何も言えなくなった。


 代わりに、テツがツッコんでくれた。


「何言ってんだよノゾム。お前のケチな性格じゃ、才能を手に入れたって女にモテるわけないだろ」

「いやいや、それ老け顔のテツにだけは言われたくないんですけど」

「大人っぽいと言え、大人っぽいと!」

「……ごめん。二人で愛し合ってるとこ悪いんだけど」

「「愛し合ってない!」」


 ノゾムとテツの声を合わせた軽快なツッコみ。

 

 ようやく喋れるようになったトウシロウは、軽口をたたき続ける。


「えっ? 二人が付き合えばお前らの悩みなんて万事解決じゃん。相思相愛じゃん」

「「やだよこんなやつ!」」

「やっぱりお前ら仲良しだなぁ!」


 あ、俺ここで曲がるけど、お前らは?


 トウシロウは王宮へと続く道を指差す。


「ああ、俺と鉄はいつも通り。ちょっと向こうの広場で特訓しようと思って」


 二人は中央に大きな噴水のある広場に向かうらしい。


 市民の憩いの場であるそこに二人は毎日のように向かい、格闘術、剣術の訓練をしている。

 何でも、二人とも国の警備隊に入るのが夢だとか。


 水面下で国同士がいざこざを起こし始めたことを知っているトウシロウだったが、現段階では機密事項のため二人に言えない。


 警備隊はいつか、軍隊になる。

 人を殺し始める。


 感情を殺すしかない。


 そして、いくら二人が訓練しても、能力持ちの自分トウシロウにはかなわないことも知っている。


「そっか。じゃあ、またな」


 二人と別れた後、トウシロウは舌打ちをする。


「……すべては才能だよ」


 トウシロウは王宮へ向かい、能力の訓練のために薬で狂った死刑囚と戦い、そいつらを殺していく。

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