兄ちゃんの罪
兄ちゃんがサツキさんの応急処置をして自室へと連れて行き、ベッドに寝かせる。
サツキさんは死にそうになっていると思えないほど安らかな顔で眠っていた。
「サツキ……」
ベッドの横に座って、サツキさんの手をしっかりと握っている兄ちゃん。
兄ちゃんの後ろにはアヤが立っており、サツキさんの顔をじっと見つめている。
俺は部屋の扉に寄り掛かっていた。
「何で私を責めないんですか。追い出そうとしないんですか」
アヤが苦しげに吐露する。
サツキさんが気を失ってから、一時間はたっただろうか。
三人ともそれぞれ落ち着きを取り戻してはいたが、重苦しい空気はむしろ前より一段と強くなっていた。
「アヤのせいじゃないのに、そんなことはできないよ。そんなの、誰も思ってないから」
「私が刺したじゃないですか。……どう見ても」
「いや、アヤのせいじゃないから」
どうして兄ちゃんはアヤのせいじゃないと言い張るのか。
分からない。
俺も……兄ちゃんだってこの目で確かに見たはずだ。
だけど、最愛の人が刺されて意識不明という状況に陥っている兄ちゃんがその犯人を責めないのなら、他に誰が責められるというのか。
「じゃあこの人がこうなってるのは、どう説明するんですか? 見てないって言い張るんですか?」
抗弁するのアヤの気持ちも分かる。
アヤは自分のやったことに押しつぶされそうになっているのだ。
罪悪感は、それを自覚した瞬間から、自身が朽ち果てるまで蝕もうとする絶望になる。
「アヤはサツキのこと恨んでたんだろ? だったら仕方ない。俺も取り乱しちゃったし」
「でも! 恨んでたら、何でもしてもいいわけじゃない」
「恨まれてしまった方にも、何かしらの責任はあるから」
「何でみんな……私の周りは優しい人ばっかりなんですか?」
アヤは膝から崩れ落ちて、子供のように声を上げながら、泣き始めた。
「今日俺とサツキは、本当は謝りにきたんだ」
兄ちゃんはサツキさんの顔をじっと見つめている。
「サツキがどうしても謝りたいって。アヤに、テツのことで謝りたいって言うから」
「……私に?」
「ああ。だからアツキは笑ってたんだ。アヤのことを許したんだ」
――アヤに許して欲しかったから。
そう付け加えてから、兄ちゃんは天井を見上げて、ゆっくりと語りだした。
今はまだ話せないサツキさんの代わりに。
サツキさんのことを、テツさんのことを、この国を救った英雄のことを。
「サツキもアヤと同じなんだ。サツキの家族を殺したのは、俺なんだ」
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