友達になってほしい

平和になったんだから

 朝日が眩しい。

 俺はベッドの上で、ただただぼーっとしていた。


 昨日から続く気怠さは一晩たっても解消されてはいない。


「ま、今日も頑張るかぁ」


 軽く背伸びをしてから立ち上がる。


 窓を開けると、むっとした部屋の中に朝のさわやかな空気がなだれ込み、二の腕にぽつぽつと鳥肌が立った。


「騒々しいな……全く」


 俺は知らぬ間に笑っていた。


 眼下に広がる景色はいたって普通だ。


 俺の家にアヤが住むことになったって、街の朝の喧騒になにか変化が起こるわけではない。


 商人が客の呼び込みをしていたり、ご婦人たちが店先で立ち話をしていたり、朝から無邪気に走り回る子供たちの笑い声が響き渡っていたり。


 そんな、いつも通りの朝のざわめきが、俺の心に安らぎを与えてくれた。


「……ま、平和になったんだから」


 重苦しく考えても仕方ない。


 こうして平和な朝がやって来るのだから。


「よしっ!」


 頬をパンパンと二回叩き、気合を入れる。

 朝ごはんを作りに向かわなければ。


「そっか。今日から常に二人分」


 兄ちゃんが帰ってこなくても、この家にはアヤがいる。

 何を作ってやろうかなぁ、なんて思いながらリビングの扉を開けると、


「いい匂いだ……って――」


 俺はキッチンへ走った。


「おい! 教えるって昨日言っただろ!」


 キッチンにはアヤが立っていて、鍋の中に何かしらの調味料を加えようとしているところだった。


「えあ! ……いや、これはその」


 アヤは振り向き、驚き顔をさらす。

 持っていた瓶を後ろに隠しながら、小さな声で続けた。


「だって料理くらいはしないと、と思ってさ。居候なんだから」


「いいから。俺が先に味見するよ、ってか何入れようとしてたんだ?」

「なんでもない。ちょっと……」

 

 ああ、この感じ。

 もう少し遅ければ、大惨事になっていたかもしれない。


 俺はカニが歩くみたいに横へ移動するアヤを訝しげに見つめながら、ぐつぐつと煮立っている鍋の中を覗き込む。

 ほんわりと立ち込める湯気と共に見えたのは、ソーセージやジャガイモ、ニンジンなどが入った彩りが豊かなポトフだった。


「まあ、別にその……完成したヤツを味見したら、なんか感覚的に? ちょっとインパクトが足りないかなぁ……って思い始めて、不安だったから、それで……」


 アヤは小さな声で釈明を開始する。

 インパクトってなんだよ。


「まあ、とにかく俺が味見するから……」


 お玉でスープを少量すくって小皿に入れる。

 意を決して口に含むと、程よい甘みが口の中いっぱいに広がった。


「これ美味いじゃん。もう何も入れる必要ないじゃんか」

「そう……? でもやっぱり、私にはインパクトが」

「いや、インパクトって何だよ? 味付けはもういいから。棚の中のパン、机の上に出しといて。二人分。スープは俺がよそっとくから」

「えっ? 二人? お兄さんの分は?」

「兄ちゃんはたぶん帰ってこないから用意しとかなくても大丈夫。ああ見えて、けっこう忙しくしてるから」

「……ふーん。そうだったんだ」


 胸に手を当てて、小さく息を吐くアヤ。

  

「じゃあ、作りすぎちゃったかな。それ」


 アヤは首を傾げながら笑う。それから俺の指示通りに棚からバケットの入ったかごを取り出し、テーブルの中央に置いた。


「アヤは後はもう座って待ってて」

「分かった」


 頷いたアヤが椅子にちょこんと座る。

 そこに俺が熱々のポトフの入った器を持っていく。


「これくらいでいいか?」

「うん。ありがとう」


 アヤの前に器を置き、自身の分も用意する。食器棚の引き出しからスプーンを二つ取り出してアヤに渡す。


「ほら」

「ありがとう」


 ようやく朝食タイムだ。

 俺はまず、アヤが作ってくれたポトフを一口食べる。


「んー。やっぱり普通に美味いな。……ってか、インパクトってどんな衝撃求めてたんだよ」

「それは……インパクトはインパクトよ。ディープなやつ」

「ますます意味分からん」

「分かってもらわなくて結構ですぅ!」


 ぷいっとそっぽを向いたアヤは、それからスプーンをじろじろと見つめ始めた。


「どうした? スプーンに何かついてたか?」

「いや、そうじゃなくて。このスプーンって独特な形してると思って」

「そうか?」

「うん、私、このデザイン結構好きかも」

「それ、俺が作ったんだ」


 その言葉通り、このスプーンは俺が作ったものだ。

 持ち手の部分が手にフィットするように、それでいて高級感とデザイン性も追求した。


「えっ?」


 目を見開いていたアヤだったが、


「……あっ、そっか。鍛冶屋って」


 納得したようにスプーンへと視線を戻す。

 きっと兄から俺の職業を聞いていて、それを思い出したのだろう。


「ああ。今はスプーンとかそういうの、作ってる。結構繁盛してるんだぜ」


 実際、その言葉には、嘘も奢りもない。

 ヒサト・アガヅマはまだまだ十代の若僧だが、持ち前の器用さと勘の良さは天才の域だった。

 その噂を聞きつけた人々が、街中から商品を求めてやってくる。


「へぇ。……でも、って、昔は何を作ってたの?」


 アヤがパンをちぎって口に入れる。

 今の質問、アヤにとっては何気なしに聞いたことなのだろう。


「……まあ色々と、な」


 俺は答えを濁した。


「色々って?」

「それは、まあ、ざっくり言うと、ほら」


 追及され、まあ、隠すことでもないかと思い直す。


「戦争、やってたから。防具とかだよ」


 、と他にも作っていた風を装って言ったが、実は防具しか作ったことがない。

 人を殺める武器なんて――――まあ、作れと言われれば作れるけど、作りたくなんかない。


「そうよね。戦争……」


 アヤが俯く。

 まあ、鍛冶屋が戦争中に作る物なんて、それ以外に考えられないけどな。


「じゃあ、キッチンにあった包丁とかも、ヒサトが?」

「いや」


 俺は即座に否定する。


「実は俺、刀とか、そういう刃物系はなぜか作れないんだ。才能無くてさ。ははは……」


 嘘だ。

 俺は兄ちゃんとは違って断れる立場にいる自分を利用して生きてきたのだ。

 こんなに才能に恵まれている自分なら、名品と言われるような武器を作れたかもしれないのに。


「……そう。不思議なこともあるのね」

「本当に。全くだ」


 俺は強引に笑顔を作った。


 その後、俺もアヤも無言のまま朝食を食べ終えた。


「すまん。片付け頼めるか? 開店の準備があるから」

「わかった」


 俺は食後の片づけをアヤに任せ、一階へと降りて行き、開店の準備を始める。

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