子供のころの話
誰が両親を殺したのか
ああ、夢だ。
俺はそう思った。
もう何度見たかわからない、残酷な日の夢。
「……あ、ああぁ」
当時、六歳の俺は、目の前に広がる光景を理解することができなかった。
「お母さん?」
見開かれたままの母さんの目は恐怖一色。
部屋中に飛び散った真っ赤な血液が何を表しているのか考えたくもない。
「お父さん?」
胸の辺りに大きな穴の開いた父親は力なく床に横たわっている。
よく見ると右腕がなかった。
「なに、これ」
ぐにゃりと視界が歪む。
呼吸がどんどん乱れ、早くなって、苦しい、苦しい苦しい苦しい!
「いやだ」
幼い俺は部屋の片隅で、なおも両親の死体から離れようと、流れ出る血から逃れようと、背中を壁に押し付け続けている。
「いやだいやだいやだいやだいやだ!」
頭を抱えて叫ぶ。
喉が擦り切れそうだ。
でもイヤダと叫び続けていないと、この非情な現実を頭が理解してしまうような気がした。
「イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ」
「ヒサト! 何があ……ったん…………」
そんな俺の元に、兄ちゃんが駆けつけた。
「これ、は……」
兄ちゃんの喉仏が上下する。
口を手で抑え、何かを飲み込む。
きっと、その時に兄ちゃんが飲み込んだものは、吐瀉物だけではないはずだ。
「……ヒサト、無事か?」
兄ちゃんは、俺の震える体を抱きしめてくれた。
兄ちゃんの体だって震えているのに。
「兄ちゃん……。あぁ、二人とも……、あぁああ…………」
「大丈夫、大丈夫だから」
俺を強く強く抱きしめ、兄ちゃんは『大丈夫』と繰り返す。
「ヒサトは生きてる。大丈夫、大丈夫だからな」
そう。
俺は、ね。
「ごめん。兄ちゃん……ごめん」
「だから謝るなって。兄ちゃんの方が……ごめん。ヒサトは絶対、何があっても兄ちゃんが守ってやるからな」
その後、兄ちゃんは、その日のことを一度も話題に出すことはなかった。
俺だって思い出したくもないので、いつまでも風化してくれないその出来事を、誰かに話すことは二度とない。
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