ドラゴンに出会う確率=近所の山でミスリルを掘り当てる確率

 馬車のところへ近づくと御者の男が目に入った。

 頭の辺りを撫でながら、馬の調子を確認しているような動きだった。


「別れの挨拶は済んだのかい」

「……ええまあ」


 声をかけようとしたところで、男が振り返って話しかけてきた。


「すでに代金はもらってるから、荷台に乗ってくれ。すぐに出発する」

「トーマスです。こっちはエリカ」

「俺はアラン。よろしく頼む」


 アランは少し表情を崩した笑みを浮かべた後、御者台に移動した。


 彼はすらりと背が高く、外仕事が多いようで日に焼けていた。

 年齢は僕よりも少し上で三十代に見える。


「さあ、荷台に乗ろう」

「そうね」


 僕たちは馬車の後ろから荷台に乗ろうとした。

 

「靴は脱いだ方がいい?」

「そうか、初めてだったね。靴はそのままでいいよ」

「うん、分かった」


 そう伝えると、エリカはそのまま荷台に上がった。

 僕もそれに続いた。


「それじゃあ、出発するぞ」


 アランの声が聞こえて少し経つと、馬車はゆっくりと動き始めた。

 穏やかな晴天に恵まれたので、今日は旅日和だと思った。


「あっ、みんなが手を振ってくれてる」

「……ホントだ」


 荷台から町の方を見ると、町長たちが見送るように手を振っていた。

 僕が手を振り返すと、エリカもそれを真似るように手を振った。


「町の人たちは親切だった」

「そうだね、華やかな町ではないけど、親切な人が多いと思う」


 役場の職員としてというよりも、これから旅を共にする者として嬉しかった。


 エリカはこちらの世界に慣れておらず、そこまで口数が多くない。

 だからこそ、その一言で安心できる気持ちもあった。


「お前さんたち、キュトリーまでは一日がかりだ」

「馬車でもそれぐらいかかるんですね?」

「もっと早く行くことはできるが、別料金だ。それに急ぎじゃないと聞いてる」

「ええまあ、急がなくても大丈夫です」


 アランはそうだろう、そうだろうと言った後、馬を操ることに意識を向けたようだった。

 

 馬車は町を出て街道に入ったところだった。

 平坦な道を順調に進んでいる。


「意外に揺れるのね」


 ゆっくりと流れていく外の景色を眺めていると、エリカがぽつりと言った。

 

「そうかな? 他の馬車とあまり違わないと思うけど」

「へえー、これが普通なんだ」  


 彼女は少しずつ口数が多くなっているが、こちらの目を見て話すほどではなかった。

 先のことを考えると、もう少し距離を縮めた方がいいのかもしれない。


「これから、二人で旅を続けるわけだし、気を遣わなくていいよ」

「……ああっ、なるほど」


 こちらの投げかけに対して、エリカは微笑みながら頷いた。


「何かおかしかった?」

「ううん、わたしはこっちに来たばかりで疲れているだけ。食べ物は味気ないし、シャワーもないから不便で」

「……シャワー」


 うっすらと感じていたが、エリカの世界はこちらよりも文明が進んでいるらしい。

 魔法の杖を例にとっても、どんな仕組みになっているのか見当つかない。


 とりあえず、シャワーというものが何かは分からなかった。


「食べ物が味気ないって、どんなものを食べるの?」

「えっと……もっと手のこんだ料理というか……」


 それからエリカは、色々な料理を説明してくれた。


「君たちの世界では料理にそんなに時間をかけられるのかい? それともどこの家庭にも召使いがいるとか?」

「そんなにかからないわよ。お湯をかけて3分で完成するのもあるから」

「ほう、それはすごい」


 そんな便利なものがあるならば、一度見てみたいものだと思った。


「……わたしからも質問していい?」 

「それはもちろん」

「この世界の人たちは全て金髪?」

「少なくともベルリンド近郊は大抵そうだよ。もっと遠くへ行けば別の髪の色も見かけるらしいけど」


 こちらの答えを聞いて、エリカはふーんと頷いた。 


 それから、他愛もない話をしながら馬車に揺られていた。




 しばらく進み続けたところで、アランから馬を休ませる時間だと伝えられた。

 馬車が街道の脇に停止すると、僕たちは荷台から外に下りた。


「うーん、空気がきれい」

「面白いことを言うね」

「だって、わたしの住んでた世界と全然違う」


 エリカはそう言って、周りの景色を興味深そうに眺めた。

 

「ちょっと、その辺歩いてくる」

「ああっ、分かった。気をつけ……」


 途中まで言いかけて、彼女に気をつけてと伝える必要もないことに気づいた。

 変身前でもレベル10なのだから、この辺りで危険はないはずだろう。


 そのまま彼女を待つため、近くにあった大きな岩の上に腰かけた。


 すでに、イーストウッドからここに来るだけで気分がさわやかになっている。

 旅に出ることがこんなにも気分転換になるとは。


 エリカの言った空気がきれいという感覚は分からないものの、頬を吹き抜ける風が心地よく感じる。


「――トーマス、馬の様子が変だ」


 一人で感慨にひたっていると、馬車の方からアランの声が聞こえた。

 無視するわけにもいかず、立ち上がって彼のところへ戻る。


「……馬が?」

「ああっ、こんなところに危険な魔物なんてほとんどいないはずなのに」


 アランの言うように、馬は荒く息をしている。

 そして、何かを警戒するような落ち着かない様子だった。


「連れのお嬢ちゃんは?」

「呼んできます――」


 エリカを呼び戻しに行こうとしたところで、ふいに周囲が暗くなった。

 少しの時間差をおいて、それが何かの影と気づいて上空を見上げる。

 

「……そ、そんな、なんでこんなところに」


 深い赤色の胴体に巨大な両翼。

 書物でしか見たことのない最も危険な存在が飛んでいた。


「――ド、ドラゴン」


 飛行中ではあるが、そこまで距離は離れていない。

 とにかく、急いでエリカを探さなければ。


 恐怖で身が凍てつくようで足が上手く運べない。

 何とかその場を動こうとしたところで、彼女が戻ってきた。


「……トーマス、あれは」

「ドラゴンだ。通り過ぎるのを待とう」

「うーん、それは無理そうね」

「……えっ?」


 彼女の言うようにドラゴンは旋回して高度を下げた。


「――ここはわたしに任せて」  

 

 エリカは杖を手にして変身を始めた。

 瞬く間に魔法少女に姿を変えると、そのまま飛行を始めた。




・ステータス紹介 その5


名前:アラン

年齢:33才

職業:馬車運送業

レベル:15

HP:90 MP:30

筋力:80

耐久:50

俊敏:30

魔力:20

スキル:馬の毛並みで体調を見極めることができる

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