二人の旅立ち

 役場での話し合いが終わると、町長の指示でエリカを来客用の宿へ案内した。

 それから、僕が暮らしている町営の宿舎に戻った。


 自室に戻ってベッドで仰向けになると、一日の疲れがドッと出る感じがした。


「ふうっ、今日はとんでもないことばかりだったな」


 四人目の転生者の出現――。

 レベル80の魔法少女――。


 町長が恐れるのも当然のことなのかもしれない。

 レベル20がいいところの僕たち一般人からすれば、小動物から見た熊のようなものだ。

 

 十代の少女という外見で分かりにくいが、彼女にはそういう側面がある。

 ただ、そう思う一方で、そこまで危険を感じないような。


「……あっ、一回だけ燃やされそうになったのか」


 どう関わっていくのかはこれから考えていけばいい。

 まずは、待ち望んでいた旅の準備をしなければ。


「よしっ、まずは荷物を入れるものがいるな」 


 普段、長旅で使用している背負うタイプの荷袋を用意した。

 今回は先の見えない状況なので、長い期間を想定しておこうと考えた。


 さてと、思いつく必需品は……


 着替え

 携帯できる保存食

 イーストウッドの役人だと知らせるための紋章(身分証にもなる)

 お金

 護身用の剣


 だいたい、こんなところだろうか。

 経費は町持ちだと聞いたし、足らないものがあれば買い足せばいい。


「……おやっ、もうこんな時間か」


 窓の外を見ると月が高くなっていた。

 準備に集中していたら、いつの間にか時間が経っていたようだ。


 翌朝に出発するので、睡眠は十分取っておこう。

 

 枕に頭を預けると、町長が口にしていた「睡眠も労働者の務め」という言葉が浮かんできた。




 ……ピーピー、ピーピー。


 外から聞こえてくる鳥の声で目が覚めた。

 さわやかな朝の陽射しが窓から差しこんでいる。


「……ふわぁっ、もう朝か」


 昨晩は疲れていたこともあり、いつの間にか眠っていたようだ。 


 部屋の片隅には用意しておいた荷袋、そこに立てかけておいた剣が見える。

 いよいよ、イーストウッドを出る日がやってきた。


 退屈を嫌っていたものの、いざそれが打ち破られることに不安もある。

 待ち望んだ状況だというのに不思議なものだ。


 正直なところ、エリカが変身すれば盗賊や魔物は脅威にならない。

 例外的にドラゴンや魔族が現れたら危険かもしれないが、近所の山を掘っていたらミスリルの鉱脈を掘り当ててしまうぐらい低確率だ。


 ――それでは、自分は何が不安なのか。


 おそらく、この世界に広大な未踏の地が存在するからだろう。

 ベルリンドの中心に行ったことはないし、隣町のキュトリーよりも向こうに行ったことは数える程度だ。


 今まで旅人や転生者から色んな土地の話を聞くことはあった。

 それでも、いざ自分が旅に出る状況になるまで、自分の世界が狭いことを自覚することは少なかった。


 公爵様に目をつけられたくないという理由がある以上、この町へはすぐに戻れないだろう。どこへ向かい、どこにたどり着くのか分からないものの、この旅からたくさんの何かを得られそうな予感がしていた。




 着替えを済ませて町の入り口に向かうと、すでにエリカと町長が待っていた。

 見送りのためなのか、他の職員や数人の町民も集まっている。


「おはようございます」

「おはようトーマス君。準備は万端のようだね」

「はい、大丈夫です」


 レベル80の危険因子を送り出せるとあって、町長の顔は朝から晴れやかだった。

 まあ、誰でも偉い人を敵に回したくないものなのでしょうがない。


「……お、おはよう」

「……おはよう」


 エリカとぎこちない挨拶を交わす。

 慣れない土地で十分に寝れなかったのか、少し眠そうな顔をしている。


 当然ながら、彼女は着の身着のままで転生してきたので荷物を持っていない。

 食料はともかく、着替えを貸してあげるわけにはいかないだろう。


 そんなことを考えていると、一人の女性職員がエリカに近づいた。


「着替えに困るといけないから、これを渡しておくわね」

「……ありがとう。でも、大丈夫」


 僕自身も助かる申し出だと思ったところ、彼女は差し出された荷物をそっと返した。


「……そうなの、残念だわ」


 女性職員が戸惑っていると、エリカはどこからか杖を取り出した。

 そして、小さくすっとかかげた。


 まさか、こんな時に変身するのか!?

 彼女の行動に慌てかけたが、変身時のまばゆい光は現れなかった。


 わずかな瞬間、エリカの身体から光が漏れた後、彼女の出で立ちが変化した。

 肌着のような服と短いズボンから、落ち着いた雰囲気の服装になっている。


「す、すごい」

「ねっ、大丈夫でしょ」

「その……下着も替えられるのかしら」

「う、うんっ」


 女性職員の質問にエリカは照れくさそうに答えた。

   

「ではそろそろ、出発してもらおうかね」

 

 彼女たちがやり取りを終えたところで、町長が口を開いた。


「キュトリーに行くだけでも距離がありますが……徒歩ですか?」

「トーマス君、今回は君たちのために馬車を予約しておいた」

「それは助かります」


 町長が指し示す方を向くと、荷台につながれた一頭の馬が目に入った。


「あれに乗っていくといい」

「へえー、実物を見るのは初めてかも」


 エリカが意外なところで目を輝かせている。

 彼女のいた世界では馬車は珍しいのだろうか。


「追い出すような真似をして言うのもなんだが、キュトリーから先は好きなところへ行っていい。イーストウッドを出ても君はこの町の職員のままだから、時間のある時に手紙をよこしなさい」


 町長は穏やかな表情で微笑んだ。


 今回の一件は衝撃を与える出来事だったかもしれないが、町長は両親を亡くした僕にとって、頼りがいのある年長者だったことを思い出した。


「それでは、行ってきます」

「彼女がいれば大丈夫だと思うが、盗賊には気をつけたまえよ」

「ええっ、もちろん」


 僕は見送りに来てくれた全員に手を振った。

 永遠の別れではないのに、寂しさと悲しみが混ざるような気持ちになる。


「……さあ、行こうか」

「うんっ」


 馬車に乗りたそうにしているエリカに声をかける。

 彼女は素直に応じて、僕たちは馬車に向かって歩き出した。



・ステータス紹介 その4


名前:イーストウッド町長

年齢:50才

職業:町長

レベル:10

HP:50 MP:20

筋力:30

耐久:20

俊敏:20

魔力:20

スキル:労働の尊さを語って職員を思い通りに操る

※なお、昨年の健康診断で測定

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