第18話 お前、さては変態だな……?

 二週間の謹慎期間が明け、久しぶりの学校に少々むず痒さを覚えながら、一颯は教室の扉を開いた。


 教室内は既に喧噪の中。一颯の席だけが、相変わらずぽつりと佇んでいる。


 と、一颯の入室に数名のクラスメイトが気付いた。


 それを皮切りに、一人、また一人と、一颯へ向く視線が増えていく。


 その様はまるでドミノ倒し。


――なんかちょっと面白いな。


 だが、そう思えるのは一瞬だけ。


 最終的にはクラス全体にまで伝搬し、探るような気配とひそひそ声で室内が満たされる。


 排斥の意思、とまではいかずとも、歓迎されていないことは確かで。


 一颯は、自分のクラス内の立ち位置が悪化したことを自覚した。


―—ま、面倒ごとに発展しないよう祈るばかりだな。


 一颯は特に気にすることなく、ずかずかと歩いていく。


 ふと、彼ら彼女らの隙間から、小さく手を振ってくる一人の女生徒がいることに気付く。


 一颯は女生徒――綾香へ、軽く手を振り返しておいた。


 彼女も、期間が一週短いとはいえ、同じ謹慎仲間である。今くらいは、機嫌を取っておいてもいいだろう。


 すぐに視線を切り、自席に着く。鞄を開けながら、改めて教室内を見渡してみた。


 当然と言えば当然だが、クラスの中心であったあの男の姿はない。


 あの男の抜けたこのクラスが、これからどういう変遷を辿るのか。そこまでは、一颯の関知するところではないだろう。


 もっとも、まだいなくなると決まったわけではないが――


 一颯は視線を落とし、いつも通り文庫本を出して読書体勢に入ることにする。


 周囲からの視線はなかなか減らない。居心地の悪さが胸中で渦巻く。


 だがそれも、ページを繰るごとに気にならなくなっていった。


 そうして、一颯にとっては二週間前までと何も変わらない時間が過ぎ、放課後。


「藤見君」


 かつ、かつ、と近づいてきていた音が止まり、一颯を呼ぶ声。一颯が顔を上げると、身体を松葉杖で支える綾香がいた。


 一時はギプスをするほどだったらしい彼女の足首の怪我は、今はがっちがちに巻かれたテーピングで覆い隠されている。


「ああ、行くか」


 それだけ交わして、二人は教室の扉へと向かう。


「松葉杖きつそうだな。おぶってくか?」


 懸命に松葉杖を操る綾香に見かねて、一颯は立ち止まりそう提案した。


「え? いや、いいわよ、そこまでしてくれなくても」

「遠慮しなくていいんだぞ? 女子一人プラスその他荷物くらい、大したことない」


 一颯は平然と、何のしがらみも感じていないように言う。


「ありがとう。でも大丈夫よ、藤見君だって怪我してるんだし。それに、こんな人がいる場所でそんなことしたら目立つでしょ?」

「それもそうか」


 そんなやり取りを経て、綾香の歩みに合わせてゆっくりと歩いて、しばらく。研究棟に辿り着き、共にエレベーターに乗って二階へ。一颯が先行し、部室のドアをノックしてから開けたままにして、綾香を待つ。


「ありがと」


 ふわりと笑って入っていく綾香に続いて、一颯も室内に足を踏み入れた。


「あー、また随分と散らかってるなぁ……」


 部屋内は、初理のテリトリーが広がり、汚部屋化が進行していた。


「ごめん、やっぱり藤見君じゃないと、先輩は制御しきれなくて」

「いや、白希先輩の手綱は俺含め誰にも握れないよ。譲らない部分と諦める部分をはっきりと分けるのが、あの人と上手くやるポイントだな」


 そう言って、一颯は椅子を引いて綾香を座らせた後、彼女の向かいの席に着いた。


「それで、怪我の具合はどう?」

「昨日も言ったろ? もう大体治ったよ」

「シャツめくって」

「いや、だから――」

「めくって」


 口答えは許さない、私は真剣なの、みたいな雰囲気である。しかしながら、一颯は異議を唱えたくて仕方がなかった。


「……強引だな。男の身体に興味津々かよ」

「そ、そういうことじゃないからっ。私はただ心配なだけっ」

「そんなこと言って、昨日だって写真送ったばっかだろ? それなのにまた見せろとか、もうそういう性癖があるとしか思えないんだけど」

「そんなわけないでしょ⁉ 男子の身体見て興奮とか、私はそんな変態じゃない!」

「変態はみんなそう言うらしいな」

「変態じゃなくても言うからっ」


 いきり立つ綾香と冷静な一颯の視線が交錯する。数瞬後、一颯は一つ溜息を吐いて、


「まあいいや。それじゃあ一つ、条件がある」

「……条件?」


 恐る恐る綾香が聞き返す。だが、一颯に慈悲はない。


「机の上にスマホを出し、俺の目の前で、保存した俺の写真を全て消せ」


 メッセージアプリには、送信した写真が相手の方にひと月程度保存される機能がある。


 彼女が本当に怪我の具合を確認することだけが目的なら、その自動保存機能だけで事足りるはず。今まで一颯が送った数枚の写真が、彼女のスマホ本体にまで保存されていることはないのだ。


 とはいえ、流石に有り得ないと一颯は思っていた。こんな特殊性癖を、クラスメイトである彼女が持っているはずがない。そんな、何の根拠もないながら、確信にも似た期待と信頼を胸に抱いていた。だが――


「……そ、そんなの、ぷ、プライバシーの侵害じゃない。ふ、藤見君こそ、変態だわ」


 目は泳ぎ、言葉はたどたどしく、所々上擦りながら、必死に口角を上げようとして失敗している変態がそこにはいた。


「よし、さっさとスマホを出せ」


 もはや疑う余地なし。


「……嫌」

「ならシャツの件は諦めてくれ」

「ぐ………………分かったわ…………諦める……」


 腹にナイフでもぶっ刺されたみたいに苦しそうにする綾香。こいつはそんなにも男の裸が見たいというのか。


 倒錯趣味の有無に見た目は関係ないことを学んだ一颯は、気を取り直し、話題を変える。


「じゃあ、前置きが随分長くなったけど、本題に入ろう」

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