神々の娯楽

 知的生物が手に入れた技術に様々なものが在る。

 仮想空間にフルダイブする技術。

 銀河規模で遅延無く通信が出来る物質の共振動を利用した、銀河に張り巡らせた通信網。

 今これらを駆使してとある番組が放映されていた。視聴者は脳内に直接再生される映像を見ている為、目の前で実際に行われている様な錯覚を覚える程の臨場感を味わいながらその映像を見ていた。


 古代サブカルチャー。

 昨今の日本の文化の興りとさえ言われる数千年前に発展した文化。

 当時の稚拙とも言える技術の中、ありとあらゆる試行の果てに生み出された数々の作品は、未だに色褪せる事無く存在している。

 だが、時の流れと言うものは残酷だ。全ての物が損失無くこの時代まで継承された訳ではない。

 技術進歩の中で繰り返される技術革新により、ハードウェアの交代が幾度も起きた。この度に少しづつ少しづつ名作たちは遺失していってしまった。

 そんな過去のハードに取り残された作品を一つづつ掘り起こし現代へと蘇らせている奇特な存在がいる。

 そう、稀代の天才科学者にしてアルターであるドクことジョーム・シンである。

 宇宙に存在する銀河全域に向けて放映されているこの放送は、そんなドクが企画した物だ。


「皆さんオハコンバンニチハ、私はナビゲーターを務めます。電子の妖精ルリンと申します。」

 白銀の二つに結わえられた髪、白磁の如き珠の肌、仮想空間上に生み出された文字通りの電子の妖精・・・いや摩素の妖精だ。

 実は彼女、ドクがとある古代アニメの登場人物を基にして生み出した存在であるが、その事を知る者はこの放送を見ている視聴者の中でもドクと同じ古代サブ古代サブカルチャーオタク位のものである。

 ドクの無駄に高い技術力により仮想空間上に再現されたルリンは、現代の古代サブ古代サブカルチャーオタク達に大変人気だ。もちろんこの時代のロリコン共にも。それ以外の人達にも人気ではあるが、彼らがルリンに向ける眼差しとオタク共の眼差しは違うと断言できるものだ。

「では、本日より解放される新しいチャンネルに使用される小さな世界イッツア・スモール・ワールドはこちらです。」

 ルリンの横に表示される小さな世界イッツア・スモール・ワールド、ルリンの元ネタとなった作品で幾度も登場した、コミュニケーターのウィンドウ風表示枠がルリンの隣に現れそこに映し出されている。

「今回の小さな世界イッツア・スモール・ワールドの特色は、摩素をこちらで回収しないというものです。」

 と言う前置きから今回新たに開設されるチャンネルで使用される小さな世界イッツア・スモール・ワールドの説明が為されていく。

「ですので、このいつか飽和するであろう摩素に、この世界の知性がどの様に対応するのかと言ったところが注目です。」

 原作同様落ち着いたというか、何処か無感情めいた表情で淡々と説明していくルリン。


 小さな世界イッツア・スモール・ワールドと呼ばれる摩素発生装置が世に出て数十年。自然に生み出される量を遥かに凌駕する摩素を発生させるこの装置が、世に浸透すると様々な変化が起きた。

 それまでも魔素服飾と呼ばれる、自身と周囲の摩素を活用した意志一つで物質を生み出したりする技術等が存在していたが、安定的に魔素密度を高めることが出来るようになった昨今では、更なる飛躍が為されていた。

 自身が身に纏う服だけではなく、もっと高密度な物や高度な物、巨大な建造物等が意志一つで生み出されるようになっていった。この摩素の物質化は摩化と呼ばれ、瞬く間に世間一般に浸透することになる。

 さて、一見すれば夢の様な世界だが、これはこれで恐ろしい事態が予想もされていた。

 もし犯罪者がこの力を手に入れてしまったら。

 この懸念はこの技術を世に出すときいの一番に議論された。結果としては単純に承認制とランク制が導入される事になる。

 試験を受け合格し摩臓と呼称される摩素制御補助臓器を手に入れた後、社会への貢献度によってより高性能な摩臓が提供される様になるというこの仕組みによって、一般にも広く提供され民間レベルでの開発が始まるのであった。

 犯罪抑制の為非常に狭き門となってしまっている承認を受けるための各種テストだが、時間が経つ毎に着実に摩臓を保持する人材は増えて行った。

 民間の企業に勤める摩臓保持者の研究開発は、極一部の研究者と言う閉ざされた環境内で培われた基礎研究を開花させる事になった。

 そして、それに刺激を受けたドクはとある企画を立ち上げる。

 異世界放送局。

 小さな世界イッツア・スモール・ワールドの中は空間拡張された遠大な空間、そこに封入された高密度摩素生成疑似意識体。さらに時間圧縮も掛け合わせるとどうなるか。

 新たな宇宙の誕生、そして生命の誕生が興ったのだ。

 異世界放送局はそんな世界の様子を楽しむ為の放送局であり、発信される映像を見る視聴者達はさながら神々と言ったところだろう。

 両の掌に収まる小さな世界で生きている存在を見て笑い泣き楽しむという、他者の人生を娯楽とする時代が始まったのだ。

 流れる映像はしかと起こる現実の事、だが、対岸どころでは無い隔たりがある為、それを見ている者の罪悪感は皆無といって良い。ノンフィクションで有りながらフィクションの感覚で楽しめる、新感覚娯楽コンテンツ「異世界探訪」は瞬く間に天の川銀河連邦内で知名度を上げていく。この急速な視聴者数の増加は稀代の天才科学者が企画したという、ドクのネームバリューも手伝った結果だろう。


「それでは皆様にお届けすることになります小世界の出来事。これより始まる様々な物語を見つけ見つめるのは皆様次第。奮ってご視聴ください。」


 この放送を見ていた男は徐に視点を移動させる、仮想空間内の為に意志一つで容易に視点移動を行い、新たに配信されることになった世界を覗き込みにいった。

 意識が後ろに引っ張られる感覚を憶える、視点が急激に前方へと移動した為に起こった錯覚だろう。視聴者は幾度も体験した小さな世界イッツア・スモール・ワールド内の情景を楽しもうとする直前のこの感覚を楽しみながら、この新たに創造された世界は何を見せてくれるのだろうかと思いながら、前に進んでいく様な、前に落ちていく様な感覚に身を任せて、世界へと没入していくのだった

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