神の科学者

 天の川銀河連邦。

 天の川銀河に版図を広げ、多数の恒星上に存在する国家群によって成立している連邦である。

 この天の川銀河連邦は人類種が中心となって繁栄をしている国である為、その人類の発祥の地地球を宗主国としており、太陽系第三惑星地球は政治・経済の中心地として人々に認知され、非常に重要な惑星と認識されている。

 そんな連邦の中心地に所属するとある科学者は、今日も今日とて研究に明け暮れる日々を送っていた。


 日本と言う国は島国だ。

 人類が宇宙に進出し、銀河規模の連邦を形成するに至った今でもそれは変わらない。

 だが、その有り様は大きく変わった。しかし、そこに住まう人達のメンタリティは衰えることを知らず、未だ連邦内の文化を牽引する役目を担っていた。

 そう、サブカルチャーと呼ばれる日本発祥の文化は、発祥から数千年経った今でも人々の心を熱狂させ、涙を誘い、哀愁を漂わせ、欲を満たしていた。

 そんなサブカルチャーの聖地と評される地に、自らの主研究所を保持している科学者がいる。

 彼の名はジョーム・シン。

 遺伝子改良・肉体改造によって数百年の時を生きているアルター、摩素学の権威にして摩素の発見者である。


 この時代、高寿命化自体は何も珍しい事ではないが、数百年を生きている存在は大変珍しい。

 まず、数百年という長い時の流れに人の精神が耐えられないという理由がまず一つ。

 それと、天の銀河連邦では不老処置とも呼ばれるアルター化に制限が掛けられている為である。


 不老処置、老いない体という大昔の人間であれば誰もが望むだろうこの技術も、実際に確立されてしまった現在では様々な問題点が浮き彫りになっていた。

 先に上げた精神が長期間の生存に耐えられないというのを筆頭に、種としての停滞だけではなく衰退までもが懸念されるこの技術は、一部の才ある者で、且つ長期の生存に耐えられるかどうか判断する為の精神テストを通過しないと、連邦の不老処置認可が下りない様になっている。

 ジョーム・シンとは研究者として才を遺憾なく発揮し、尚且つ精神テストも通過した極一握りの本物の天才として様々な研究者から羨望、嫉妬の眼差しを向けられる存在だが、彼の身の回りで研究を行う者、助手的役割も持つ教え子達は、「目の前のドクはそんな目で見るべき存在ではない」と思うと共に、彼の普段の言動に振り回され、崇敬と呆れと言う本来なら相反しそうな感情を持ち得ている。


 ここに配属されて早数年。不老処置という一部の限られた存在にのみ許された技術を使用された研究者の下での生活は非常に刺激に満ち溢れていた。

 満ち溢れすぎて尊敬の眼差しが何時しか呆れた眼差しになり、気付けば一緒になって騒いでいた自分を認識した時は愕然としたものだ。

 それでもだ、今でも初めてドクに会った時の事は鮮明に覚えている。


「やあ、君が今日から僕の教え子になる子かい?」

「はい!本日よりアルター候補生として配属されました橘叶たちばなかなみです」

 当時の私は摩素の発見者であり、摩素学の権威であるドクの下、新たな不死人材を発掘するプロジェクトによって選出され、アルターとして数百年の長い時を生き。長期間の生存記録を保持し、実績を積み重ねている稀代の天才科学者の下で勉強を出来る事を、純粋にうれしいと思いながらドクの前で自己紹介をしていた。

「この格好不思議かい?」

「はい、物理服飾のみは最近余り見なかったもので」

 草臥れいつ折り目を付けたのか解らない程によれたスラックスに、これまた同様な雰囲気を醸し出すワイシャツ。

 さらには判然としない色が染み込んだ白衣をヒラヒラと靡かせながら、不思議そうな表情をしていただろう私にそう声を掛けるドクとそれに応える私。

「フッフッフ、まー、君も若いしな。憶えておきたまえ、この格好こそが研究者として相応しい姿である!」

「はー」

 天才。いつの時代もそうだが、天才と呼ばれるような人材は何処かずれている感覚を持っているのが常だ。

 当時の私もきっとドクがそう言った類なのだろうと思っていたが、その天才としての感性を少しでも掴もうと模倣から始めた私は、研究所の先輩方から生暖かい視線を送られるようになる。

「あ、そうそう、私の事はドクと呼んでくれ」


 摩素学、十数年前にジョーム・シンによって発見された新物質摩素。

 当時この未知の物質を発見したジョームはその摩訶不思議な性質を目の当たりにし摩素と名付け学会に発表した。

 その発表された内容に天の銀河連邦は色めき立った。

 生きている者から発生するこの摩素は世界に満ち溢れていた。

 これほど身近にこんな物質が有ったのかと、これほど簡単に生成されるのかと、これほど有用性の高い物質は見たことが無いと。

 これ以降この摩素という物質を用いた技術は様々な分野で活用され、摩素学という一つの学問として科学世界に認知される様になった。

 そして、そんな摩素学によって齎された様々な恩恵は、日常生活に欠かせないものとなる。


 この十数年消費に消費される摩素。

 エネルギー資源として、新たな固形物資として転化されてきた為、空間中の摩素濃度は低下の一途を辿っていた。今はまだ観測データ上でしか意識することが出来ない程の減少量だが、このまま放置すればいずれは利用するのに難儀する様になるのは明白。

 故に天の川銀河連邦はもとより他の銀河規模の国々もこの問題に着手したが、結局解決したのは摩素の発見者であるジョームだった。

 通常生命活動で発生する摩素は微々たるものだ、それゆえに消費量と釣り合わず減少していた摩素であるが、それを大量に生成することに成功する。


 今私の目の前には実にマッドな表情をするドクがいる。

 そんなドクの視線の先には暗い色をした両の掌に収まる程度の真球の球体が、各種データを取得する為の筐体の上に鎮座している。

 その球体をドクの隣で覗き込むと、まるで星々の煌めきの様な無数の小さな瞬きが繰り返されている。

かなみ君状態は?」

「各種データ、計算上では安定期に入ったものと思われます。」

 ニヤリと笑うドクに釣られて私もニヤリとつい笑ってしまった。

「まだまだ経過観察が必要だろうが、成功だ。私達は世界創造を成し遂げた。」

 私達の目の前に在るのは小さな世界イッツア・スモール・ワールドと名付けられた、摩素学を筆頭にあらゆる分野の学問の粋を集めて生み出した英知の結晶。

 その名の通り小さな世界だ。

 クツクツと笑う私達二人の怪しい研究者を遠巻きに眺める仲間達は、「またあの二人悪乗りしてるよ」等と思っているのだろう。

 うん、それは否定しない。この数年ドクと一緒に居た事で私も大分毒された。

 古代サブカルチャーの魅惑に取りつかれてしまったのだ。

「ではかなみ君、神の遊びをしようではないか!」

 絵に描いたようなマッドサイエンティストを表現するドクに応えるべく言葉を紡ごう。

「はいドク、私達が夢見た異世界転生物の世界を作り上げましょう!」

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