第20話 ギクシャク

「はじめまして、チェロ・イチェベルダだ。どうぞよろしく。」

「どうも」

「よろしくお願いします」

「……何かあったのか?」


ハルスと共に第一騎士団長、チェロ・イチェベルダの元を訪れたウィルとウルペースは先ほどの一件から全く目を合わせなくなってしまっていた。誰が見ても様子のおかしい二人に初対面であるチェロからも心配する声がかけられてしまい、ハルスは自身の発言の迂闊さを悔いた。

ウィルはまだしも、もう十六になるウルペースがあそこまで動揺し、売り言葉に買い言葉で関係が悪くなるなどとは想像もしなかったのだ。


「あー、まぁ。ちょっとな」


しかし今はそれよりも優先しなければいけないことがある為、ハルスは二人のことを気にしながらもまずはザギで起きた盗賊襲撃事件について何か知らないかチェロに尋ねた。


「ザギで?いや、私の元へは何の報告も上がっていないが……」


予想通り、やはりザギでの一件はチェロには伝わっていなかった。これまでの関係からチェロが嘘をついているとは思えなかったハルスだが、しかし何か不審な点はないかと注意深くチェロを観察しながら第一騎士団内に盗賊と繋がっている者がいるかもしれない旨を告げた。


「……そう、か」

「驚かないんだな」

「いや、驚いてる。驚いてるが……心当たりが、ないわけではないんだ」


チェロは深い溜息をついて引き出しから書類の束を取り出した。そこには第一騎士団に所属する数名の人物の名前が記載されている。


「先ほど陛下よりいただいた調査書だ」

「陛下から?」

「あぁ、お前と入れ違いで陛下に謁見した私はこの調査書と共に騎士団内に内通者がいることを知らされた」

「情報源は」

「いつもの奴さ」

「……そうか」


ハルスはチェロから調査書を受け取り、一枚一枚目を通していく。中には公爵家の親戚だという者もいて、事の大きさにグッと唇を噛んだ。


「それで、どうするつもりだ。陛下からは何と?」

「最優先事項はザギの盗賊の一掃だ。後のことは事件の全容が暴かれてから判断すると」

「ふむ。ならば第二騎士団からは今年入った見習いを出そう」

「いいのか?」


チェロの「いいのか?」という言葉の中には“もう新人を出すのか”と“第一騎士団の奴らがお前達にどういう態度をとるか分かってるよな”と“お前達には関係ないけど”という意味が含まれていたが、それを全て理解したうえでハルスは頷いた。


「あぁ、采配はお前に任せる。それにオレは病み上がりだしな」


ひらひらと振られた左袖。それを見たチェロが僅かに瞳を揺らしたのをウィルは見逃さなかった。


「ということだ。ウィル、ウルペース。ここからはチェロの指示に従ってくれ。他の見習いには後からオレが伝えておこう」

「あ、はぁ」

「了解」


二人を残してハルスは第二騎士団の宿舎に戻っていく。

残された二人にチェロは向きなおり、改めて挨拶をした。


「さて、そういうことだから暫くの間よろしく。分からないことや困ったことがあったら何でも聞いてくれ」

「じゃあ、質問いいですか」

「あぁ」

「内通者がいるってのはオレ達だけの秘密ってことでいいんですよね」


ウルペースの問いにチェロは頷く。

今回の盗賊一掃時に行わなければならないことは三つある。一つ目は盗賊の可能な限りの捕縛。二つ目は売り払われた人々の救出。そして三つ目は内通者が盗賊と繋がっているという確実な証拠を手に入れることだ。


「言うのは簡単ですけど、それってだいぶ難しくないですか?」


ウィルの言葉にチェロは肩を竦めて「まあな」と言った。しかしこれが騎士団の仕事なのだ。面倒だから、大変だからという理由で辞めることは出来ない。


「確実な証拠ってなると、やっぱり現行犯でとっ捕まえるのが一番ですかね」

「そうだな。証拠になるような契約書など作ってもいないだろうし、あの調査書に載ってた連中が盗賊を対等に見ているかも怪しいからな」


何でもないような顔でそんなことを言い放ったチェロに、ウィルは第一騎士団員のあの話ってやっぱり本当なのかと、これからの合同任務に不安しか湧いてこない。


「今回の任務についてはこの後私から団員達に伝える。そうなれば内通者達にも何かしらの動きが出るだろう。二人には奴等の監視と、何か動きがあった時に私へ報告する仕事を頼みたい」

「分かりました」

「奴隷として売られた人達に関しては盗賊達を捕まえてからだな。上手く取り戻せればいいが……」


苦虫を噛み潰したような顔でチェロが言う。

それも当然だった。もしも国内にまだいるのならば法を破ったとして強制的に買い取り主から奪い返すことも出来るが、他国へ売り払われた場合は話が違ってくる。

何せ世界から見れば奴隷制を廃止しているプルウィア王国の方が異端なのだから。

他国に売り払われた人々を助けるには脅すか武力で無理やり奪い返すか、後は国同士での交渉となる。

しかし大概の国ではまともに取り合ってもらえないのが現状だ。


「まぁ、まずは盗賊と内通者を捕まえることに集中しよう」


場の雰囲気を変えるように明るく言い放ったチェロは、明日の朝ザギに向けて出発する旨を二人に伝えて宿舎に戻るように指示した。


帰路、宿舎へと戻る二人の間に会話はない。

明日になればウィルはウルペースと組んで内通者の見張りを行うことになるが、このままではまともな連携を組めることもなく、仕事に支障をきたす可能性すらある。

そんなことは二人共理解しているというのに先ほどの件をを流すことも誤魔化すことも忘れたフリをすることも出来ないのは若さゆえ、果たしてそれだけだろうか。


「じゃ、また明日」

「うん。また、明日」


結局何の変化もないまま宿舎の入り口で別れたウィルとウルペースは、もやもやした感情を抱いたまま任務当日を迎えることになるのだった。

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夢物語 やた @yatta825

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