第19話 誰がっ

宿舎に戻りハルスの元を訪れるとそこにいたのはイヴェイルだけだった。どうやらハルスは王との謁見で不在らしく、代わりにイヴェイルに今日あった出来事を大まかに伝えた。


「なるほどなるほど。確かにそれは簡単に判断を下せる案件じゃないね。ハルスはもう暫くしたら戻ってくるはずだから、それからまた話し合おうか」

「じゃあそれまでオレ達は待機してますんで。行こうぜ」

「ん」


ウルペースと共に退室する間際、呼ばれた気がして振り返る。ドアが閉まるその僅かな隙間から見えた表情は――。


二人が退室したことを見届けたイヴェイルはいやはやと椅子に腰を下ろした。辺境の村で出会った精術師の少女。何の因果か共に騎士団員として働くことになって早数ヶ月が経過していて、一時は村に帰した方がいいのではないかと不安に思っていたけれど。


「いい仲間友人が出来たんだね、ウィル」


それならそれでいいのだと、イヴェイルはハルスに渡す予定だったウィルの帰還要請の進言書を丸めて捨てた。


それから少しして謁見から戻ったハルスとイヴェイル、そして当事者たるウィルとウルペースが集まりエルパソとの一件について話し合った。


その中でまず疑問視されたのが、そもそも国の外れとはいえ盗賊などが現れたという情報がなぜか全く入って来ていないということだ。

情報、というのはとても貴重なものだ。冒険者やギルド、騎士団にとってもそれは変わらない。特に盗賊に襲われたという生命を左右する類の情報は誰しもが積極的に収集し、広がっていくものなのである。

だというのに情報が一番出回るであろう王都でさえザギの集落が盗賊に襲われたなどという話は聞かれない。


このことからハルスはエルパソが盗賊と組んでおり、金目当てに故意に嘘を付いて精術師を誘き寄せようとしている可能性も指摘したが、実際にエルパソに会った二人はそれを否定した。


「そもそもそんな嘘を付いてあいつに何の利益があるんですか?相手は精術師ですよ?ウィル見てれば分かりますけど、仮に上手いこと連れていけたとして盗賊程度が束になってかかってもまるで相手になんてなりません」

「それにあの人、嘘はついてないと思う。私も金目当ての奴とかはけっこう長い間見てたからなんとなく分かるけど、そういう連中ってのは自分が傷ついてまで必死になったりしないものだから。まぁ、証拠はないんだけど……」


二人の言葉にハルスはもう一つの可能性を頭の中に浮かべていた。


「……確かザギ一帯の管轄は第一騎士団だったか」

「そうだね」


ハルスは机の上に置かれたザギ周辺の地図を見て顔を顰める。


プルウィア王国は二百年余り他国と戦争をしていない。だからといって戦力が全くないかと言うとそういうわけでもない。なぜなら国の中には魔獣やら犯罪者やらが変わらず蔓延っているからである。

その為に存在するのが騎士団と親衛隊だ。親衛隊は王族や王宮全体の警護を主としていて、騎士団は国全体で起きる諸々の荒事に対処している。


「第一騎士団って貴族出身が多いんだよね。やっぱりあんまり仲良くなかったりするの?」


ウィルの素朴な疑問にハルスが困ったように笑った。

ウィルが所属する第二指揮団は言ってみれば実力至上主義。現状やる気のないウルペースとそもそも女で精術師という未知の対象に同期から嫌煙されがちなウィルだが、それ以外の騎士団員からはそれなりに認められている。特にあの村で助けられた者とガンブなんかは良い例だろう。


対して第一騎士団は実力があればいいというところではない。貴族出身者が多い為かどうしてもそこに家柄や血筋なんてものが絡んできてしまうのだ。

その為かやはりどうしても第一騎士団と第二騎士団の者はそりが合わないことが多い。合同任務があった時などは敵の魔獣より味方の方が足を引っ張り合い、散々な結果に終わったという前例まであるぐらいだ。

ハルスやイヴェイル、それに第一騎士団長であるチェロはあまりそういったことを気にしていないのだが、残念ながら下の者達はそう簡単に割り切れないというのが現実だ。


出来ればウィルには偏った見方をしてほしくはないのだが、とハルスは思うものの上手く説明する言葉が出てこない。どうしたものかと悩んでいると、ウルペースがさらりとその問題を解消してくれた。


「くだらねーガキの喧嘩だよ。それに他の奴らが仲悪いからってオレ達もそれに付き合う必要はねぇだろ」

「まぁそうだね」

「だろ」


まるで何でもないことのようにその話題を終わらせたウルペースが最初へと話を戻す。そのさりげない切り替えの見事さにハルスは内心舌を巻いた。と同時に騎士団内で浮いてしまわないかと心配していたのが杞憂で済んだようでよかったと安堵する。


「ハルス、話聞いてる?何ニヤニヤしてんの」

「そんな顔してたか?」

「してた。おっさんのにやけ面なんて誰も得しないよ」

「ま、まぁ確かにウィルから見たらおっさんかもしれないけどな……」


ハルスはウィルの発言にちょっとだけ傷ついたがそんなことはお構いなしに三人は話を進めてしまう。


「第一騎士団が管轄なら、もしかしてそっちで話を止めてこっちに流してないとか?」

「それはないよ。第一騎士団長のチェロちゃんは団内の軋轢とかしがらみとか気にしないタイプだから。担当するのは向こうだとしても情報だけはこっちに流してくれる。でもそれがないってことはチェロちゃん、もしくは第一騎士団も把握してない、または――」

「上に伝わらないよう情報を隠蔽している奴がいる」


その場にピリリとした緊張が走る。風がザァッと吹き窓ガラスがガタガタと揺れた。


「あんまりこういうこと言いたくないんですけど、裏切り者がいるかもって意味ですよね。それ」


ウルペースの言葉にハルスが頷いた。


「そうだとして、これからどうするんすか。第一騎士団は貴族崩れって言ったって、それなりに背後関係はめんどくさいですよ」


貴族崩れ、という言葉にウィルは首を傾げる。先ほどの話では第一騎士団は貴族出身者が多いということではなかっただろうか。いったいどういうことだ、という顔をするウィルに答えたのはイヴェイルだ。


「そもそも貴族は騎士団には入らないんだよ。なんてったって騎士団の主な仕事は賊退治に魔獣退治。下手したら命を落とすかもしれない仕事なんてお貴族様がやるわけないでしょ。だから普通貴族は親衛隊に入る。あっちならほとんど危険もないし、何より王城や王族の身辺警護を任されるんだから名誉なことだっていう認識なんだよね」

「ふ~ん」

「でも誰でも親衛隊になれるわけじゃない。親衛隊に入れなかった人は役立たずの烙印を押されて家追い出されたりほぼ絶縁状態になったりしちゃうわけ。で、行き場がなくなってどうしようもないから第一騎士団に流れつく」

「なんかどろどろしてんだね。お貴族様の世界も」


貴族といえばもっとキラキラして華やかな世界で生きているものだと思っていたウィルは、結局どんな者も一皮むけば碌でもないのだと改めて思った。


「とりあえずチェロに一度話を通してみるか。もしかしたら何か理由があって情報を止めていた可能性もある」

「そうだね。それをしないことにはこちらも迂闊に動けないし」


とりあえず結論は一旦保留となり、ウィルとウルペースはまた待機かと退室しようとしたのが、そこをハルスに引き止められた。


「ちょうどいい機会だしお前達も一度チェロに会っておくか?」

「いいの?」

「あぁ、向こうもウィルには会いたがっていたしな」

「あー、じゃあオレは遠慮し」

「ウルペースも一緒にきたらいいだろう。二人とも相棒なんだし」

「………………………………はぁっ!?!?」


悲鳴に近い声を上げたのはほぼ同時だった。ハルスはその反応でまずいことを言ったと口を押さえるが時すでに遅く、イヴェイルはあちゃ~という顔で天井を仰ぐ。


「誰がっ、誰とっ」

「そうですよっ!オレがっ、こいつとっ?」

「私は相棒なんていなくても一人でやれるし!」

「オレだって一人でも十分間に合ってる!」

「はぁぁっ?さっき助けてやったのは誰だと思ってんの!」

「誰が考えなしに突っ込もうとしたお前を止めたよっ!」


お互いに睨みあい、そして仕舞いには思いっきり顔を逸らした二人にイヴェイルはハルスの足をそっと蹴って余計なことを、と呟いた。

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