第16話 もみじ

酒場での一件以降、ウィルは時折気分転換の為に宿舎から街へと繰り出していた。そのおかげか以前のように情緒不安定になることもなく、より一層訓練にも力が入る。

あの時伸した男と取り巻き達からなぜか「姐さん」と呼ばれるようになったことは不本意だが、それなりに充実した毎日を送っていたウィルは今日も酒場で一杯やろうと通りを歩いていた。


しかしそこでたまたま痴話喧嘩に遭遇してしまい、回り道をしようとして足を止める。


(あれって確か……)


「あんたなんて最低よ!このヤリチンやろぉっ!!」

「ッ」


バチンッと盛大な音を立てて頬を引っ叩いた女の子はそのままどこかへ走り去ってしまった。残された青年は「いてぇ」と呟いてウィルの方へ歩き出す。それに慌てたのはウィルの方で、隠れるべきか逃げるべきか迷っているうちに青年に見つかってしまった。


「あー、あんた確か……ウィリディス・ゲール、だっけ」

「ど、どうも」

「…………とりあえず一杯飲むか?」


青年に連れられてきたのはあまり客のいない薄暗い酒場だった。その雰囲気通り、飲んでいる客もどう見てもじゃなさそうな者達ばかり。


「何にする」

「じゃあシードルで」

「オレはビエールくれ」


無言で出された酒をちびちびと飲み始める二人。ウィルは一連の出来事を見てしまった気まずさでなかなか言葉を発せずにいた。するとビエールを飲み干した青年がウィルの方に赤くなった顔を向けて名を名乗った。


「オレはウルペース・フィッチ、よろしくな」

「よ、よろしくお願いします」


ウルペース・フィッチという男はウィルと同時期に第二騎士団に入団した、所謂同期に当たる。しかし同期とは言っても他にも何十人もいる上、未だ騎士団内に馴染めずにいたウィルが他の団員と喋ることもない為、実質会話をしたのはこれが初めてだった。


「なんか悪いな。嫌なもん見せて」

「あーー、いや、まぁ……あの、何があったか聞いても?」


本来ならそっとしておいた方がいいのは明白だった。しかし好奇心に勝てなかったウィルはおそるおそる何があったかを尋ねてみる。それにウルペースは叩かれた頬をぽりぽりとかいて気まずげに視線を逸らしながらぼそぼそと答えた。


「――――――」

「は?何です?」


あまりにも早口かつ小声で言われた為何を言ったか分からず再度聞き返すと、「だーかーらー」と言ってウルペースは先ほどよりも少し大きめの声で繰り返した。


「三股がバレたんだよ」

「…………うわぁ」

「やめろ。その目と言い方やめろ。傷つく」

「いや、傷ついてんのは相手の女の人達でしょ。下手したら訴えられてもおかしくないですよ。ていうか騎士団の人間が何やってるんですか。恥ずかしくないんですか。最低すぎます。女の敵。刺されても文句言えませんし擁護できません」

「……容赦ねぇな、お前」

「百%《ぱー》フィッチさんが悪いですからね」

「はぁー、分かってるよそんなこと」


すっかり力をなくしてカウンターに突っ伏すウルペース。ウィルは何かこの間からこんな話ばっかりだな、と自身の周りに女好きのクソ野郎しかいないことに気づいて(現実なんてこんなもんか)と若干心が荒んだ。


「これに懲りたら一人に絞ったらどうですか」

「はぁ~?何でだよ」

「いや、こっちが何でだよなんですけど」


何でだよってどういうことだよと呆れた目を向けるウィル。


「いいか。オレはいろんなタイプの女と遊びたいんだよ。でも時間は有限だ。一人一人つきあってたらオレの短い人生じゃ足りねぇ。一度に三人つき合えばその日によってタイプも変えられるし一回で三度おいし、おい。何だその目」


ウィルはウルペース・フィッチという男の評価が地の底まで落ちていくのを感じていた。そしてクズの模範のようなセリフをよく堂々と言えるなと、蔑みの目を向けた。


「お前だっていい男いたら侍らせたいとか思うだろ!?」

「いや、別に」

「……マジかよ。お前性欲とかないのか?」

「いや、ほんと最低ですよあんた。私まだ十三なんですけど」

「何言ってんだよ。騎士団の男連中のしてる話なんて十割下ネタか猥談だ」

「下ネタと猥談しかしてねぇじゃねぇか仕事しろ」


ウィルは頭が痛くなってきてこめかみを揉んだ。そして朝一でハルスの顔を見ようと思った。もう信じられるものはハルスしかいない。


「男が集まってする話なんてそれぐらしかねぇんだよ」

「いや仕事しろ」

「は~、新しい女見つけないとなぁ」

「仕事しろ」


その後も出てくる下ネタと猥談にウィルはこいつも私のこと男と思ってるんじゃと思ったとか思わなかったとか。


次の日の早朝、素早く着替えを終えたウィルは朝の訓練中のハルスの元を訪れていた。


「ハルスッ」

「おう、おはようウィル。朝から元気だな」


軽快に訓練用の槍を振るうハルスに挨拶もそこそこにウィルは詰め寄る。


「ハルスは男同士で集まっても下ネタなんて言わないよねっ!?」

「はっ?」


突然何を言い出すのかと目をぱちくりとさせるハルスに、ウィルは昨日あった出来事を伝えた。


「あ~、なるほど、そういうことか」

「ハルスはそんなことしないよね、ねっ」


ウィルはキラキラと輝く目でハルスを見つめる。しかしハルスは「う~ん……」と唸って気まずげにウィルから視線を逸らし、ぽつりと呟いた。。


「まぁ、オレも男だしなぁ」

「――――ぇ」


その日ウィリディス・ゲールは世界の真実の一端を知り、大人の階段を昇ることになったという。

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