第15話 求婚される

「よぉ、さっきはすまなかったな」

「あ」


謁見を終えもう一度怒るのも面倒になったウィルは自室で仮眠を取っていた。それから暫くして夕飯に呼ばれ下りると、先ほど股間を蹴り飛ばした男がウィルに声をかけてきた。


「まだ何か」

「そんな怖い顔すんなよ」

「いや、これ素です」

「……そうか」


とても悲しい顔でしみじみと呟かれ、再び苛立ちがつのりそうになる。


「あんたのこと団長から聞いたぜ。みんなのこと助けてくれたんだってな」

「……いえ、私は」


助けた、なんて到底言えるものではなかった。村に来ていた団員達の七割もの人が死んでしまった。生き残った人だって腕や足が使い物にならなくなったり、障害が残ったりしているのだ。


(もっと早く私が力を使っていればっ)


眉間に更に深い皺が刻まれたウィルに男は苦笑した。


「何て顔してんだ」


そしてぐりぐりとその頭を撫で繰り回す。突然のことにウィルは目を白黒させ、すっかりぼさぼさになった頭でぽかんと男を見上げる。


「あんたがいなけりゃ今頃誰も助かってなかった。助けられなかったやつのことはもうしょうがない。悔やんだって生き返りゃしないからな。それよりもこれだけのやつを助けられたって考えるのさ。じゃないとこの先しんどいぜ」


最後にぽんぽんと軽く頭を撫でて別の団員の元へ向かう男。残されたウィルは何とも言えない気持ちでその背中を見送った。


明くる日、さっそく騎士団としての仕事に取り掛かるかと思いきや半年間は見習い期間として座学や基礎訓練を行うと伝えられたウィルは、早朝から朝食まで延々と素振りをさせられていた。その後は国の歴史や周辺諸国との関係、最低限のマナー講座などが行われ、終わればかき込むように昼食をとり訓練場へ。

訓練場ではひたすら素振りをしたり打ち合いをしたりするのだが、これがなかなかに容赦がなく、日が暮れる頃には全身が打ち身と疲労でズタボロのボロ雑巾状態になっていた。


「うぅぅ、痛い。いや痛くない。でも痛い」


共生シンビオシスのおかげでケガはすぐ治るし痛みもあっという間に引くのだが、それはそれとして精神的に何か痛い気がする。うんうん唸りながら宿舎へと戻るウィル。そのせいか背中に注がれる視線に気づくことはなかった。


次の日も、その次の日も、また次の日も、またまた次の日も繰り返される座学と訓練。休みらしい休みもなく夜は死んだように眠り、気づけば朝なんてことを毎日繰り返していたウィルは、ある日唐突にこう思った。


(死にてー)


と。

体に不調はない。やろうと思えば毎日徹夜しようが平気な体を持つのが共生シンビオシスを持つウィルの体だ。しかし先に根を上げたのはその精神だった。


(座学、訓練、座学、訓練、座学、訓練。毎日毎日同じことの繰り返し。無理、マジ無理だ。こんなことばっかりやってたら頭が腐る。体は生きても心が死ぬ)


まるで生きる屍アンデッドのようになってしまったウィルを見かねて助け舟を出したのはイヴェイルだった。


「はーい、ウィル。今夜はお暇かな?」

「……はへぇ?」


自室のベッドでぼけーっとしていたウィルの返事を聞くこともなくイヴェイルはその手を掴んで宿舎から引っ張り出す。向かったのは王都中心の酒場が集まるエリア。そこは夜でも火の消えない喧騒の絶えない地区。中でも一際賑わいを見せる店にイヴェイルは躊躇うことなく入っていく。


「みんな昨日ぶり~」

「あら、イヴ。昨日ぶりね」

「今日のお連れは初めて見る子ね」

「まだ子どもじゃないか。いいのかい?」

「いいのいいの。これでももう立派な騎士団員の一人だからね」

「へぇ、そうかい。若いのにすごいねぇ」


イヴェイルは立ち回りに困るウィルをカウンターの前に座らせ、自身もその隣に腰を下ろした。


「何にする?」

「いや、私お酒は」

「何言ってんの。もう十三でしょ?酒の一杯ぐらい飲めないと。この子にはシードルを。オレはビエールにしようかな」

「はーい、ちょっと待ってね」


少ししてカップに入った琥珀色の酒が運ばれてくる。バナーレ村では酒を飲む習慣がなく、尚且つ酒作りも行われていなかった為、生まれて初めてみる酒にウィルはドキドキしながらそれを口に含んだ。


「……おいしい」

「気に入った?」

「うん。これならいくらでも飲めそう」


あっという間に空になったカップの中に新たにシードルが注がれる。気づけば三杯、四杯と飲み進めていくウィルにイヴェイルは(うーん、酒豪の予感)と思ったとか。


「……ありがとう、イヴェイル」

「ん?何が?」

「私に気を使って連れ出してくれたんでしょ?ごめん、私自分で決めてここに来たのにもう弱気になっちゃって……はぁ、もっと強くならなきゃって思うのに」


ゆらゆら揺れるシードルの水面を見つめる。じんわりと滲んできた視界に慌てて目を瞬いてそれを飛ばした。

そんなウィルの頭を撫でてイヴェイルは微笑む。


「ウィルはもう十分頑張ってるよ。だからそんなに思い詰めないで。困ったらいくらでも周りを頼っていいんだからね」

「……イヴェイル」


イヴェイルの言葉にウィルはじんときて鼻をすすった。しかしその空気をぶち壊すかのように酒場のドアが乱暴に開かれ、ウィルに負けず劣らず極悪面の男達が乗り込んできた。


「よぉやく見つけたぜぇ。イヴゥ」


そのうちの一人、取り巻き達に囲まれるように真ん中に立つ若干小太りの男がイヴェイルの姿を認めて地を這うような声で名を呼んだ。


「げっ」


同時に嫌そうに顔を顰めたイヴェイルはカウンターの後ろに素早く逃げ込む。状況の読めないウィルは男とイヴェイルの顔を交互に見て何事かと目を回した。


「ここで会ったが百年目――」


え、何、抗争でも始まるの!?と何が起きてもいいように戦闘態勢に入りかけたウィルは続く言葉を聞いてずっこけそうになった。


「どうかオレと結婚してくださいっ!!」

「やだ」

「クソー!」

「ははは、これで二百回目のプロポーズ失敗だなぁ」

「ははははは」


どっと笑いに包まれる酒場。ウィルはいったいどういうことだとイヴェイルに詰め寄る。


「あの男何年か前にオレと会ってから毎回毎回求婚してくるんだよ。オレは女の子にしか興味ないっていうのにね」

「そんなのかんけぇねぇんだよ!イヴ!お前の美しさは性別の垣根なんかとっくに超えちまってる!頼む!結婚してくれぇ!生活には困らせないからぁっ!!」


べそべそと穴という穴から汁を垂らして懇願する男にウィルは少しどころではなく引いた。そして面倒なことに巻き込まれる前にさっさと宿舎に戻ろうと席を立ちかけた時、男の視線がこちらに向いたことに気がついた。


「お、おまえっ」


声と体を震わせながら凝視してくる男にウィルは嫌な予感がして否定の言葉を出そうとしたが、それよりも早く男が叫んだ。


「お前っ、イヴの新しいだなっ!?」

「………………………………………………………………は?」


たっぷりと間を空けて発されたその一言は、地獄の底から湧いてきたようなドスの効いた声だった。

顔が怖い、ちんちくりん、ガキ、弱そう、実は鬼とのハーフでは?等々、これまでそれなりに暴言を受けて来たウィルだったが、ついには性別すら間違えられたことに怒り、悲しみを通り越えて本当の鬼と化したウィルがそこにいた。

あまりの迫力に血の気が引き、ガタガタと震える客と店の従業員、取り巻き、そしてイヴェイル。しかし男はよぼど鈍いのか親の仇でも見つけたかのような顔でウィルを睨み続けている。


「その極悪面、貧相な体、お前なんかよりオレの方がイヴには相応しいっ。さっさと消えるんっ!!」


――ぱらぱらと天井から木屑が落ちてくる。そこに突き刺さった男は少し経つと自重で落ちて来た。それを見下ろすように立つウィル。表情は見えないが、目だけが爛々と輝いている。


「だ・れ・が・男だって?」

「あびゃびびゃべべべ」

「だぁれぇがぁ、お・と・こ・だってぇぇ??」

「ひ、ひぃ、ひぃあああ」


気を失った男を放って取り巻きの男達は我先にと酒場を飛び出していく。置いていかれた男はウィルの足で通りに蹴りだされた。


「……あ、あはぁ……た、助かったよ、ウィル。ありがとう、それじゃオレはこれで」

「おい」

「はいっ」


カウンターの後ろでガタガタ震えていたイヴェイルがそそくさと店の裏口から退散しようとしたのをたった一言で引き止めるウィル。


「飲み足りない。酒、奢れ」

「は、はい……かしこまりました……」


カウンター席に再び腰を下ろしたウィルは眉間に寄った皺をほぐしながら溜息をつき、シードルを呷った。

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