第17話 フルーツ盛り合わせ

穏やかな午後の昼下がり。雲の隙間から僅かにもれる陽光に照らされた白いシーツが風にたなびく。


ようやく山のようにあったシーツを干し終わったウィルは汗を拭って空になった籠を洗濯室に片付けた。そもそもなぜウィルが休憩時間にこんなことをしているかというと、ピレットに仕事の手伝いを申し出た他の騎士団見習いからそのを押し付けられたが故だった。

お偉い精術師様なら精霊の力でこれぐらい朝飯前だろう、とシーツの山を持って現れた同期にウィルはぽかんとして反論することも忘れ、ハッとした時には同期達は消えていた。


「あんのクソ共っ。子どもの私いじめて楽しむなんて性根がひん曲がりすぎなんだよっ!」

『だから燃やそうって言ったじゃないか』

「できるかっ」


バンッと力任せに洗濯室のドアを閉めたウィルは肩を怒らせ食堂へ向かう。するとそこにはフルーツの盛られたバスケット持ったピレットがいた。


「ご苦労様、ウィルちゃん。これ商店の店長さんがおすそ分けしてくれたの。お礼に食べてちょうだい」

「え……」


てっきりあのクソ共は虚偽の申告していると思っていたウィルはピレットの意外な行動に咄嗟に反応できず、気づけば腕の中にバスケットが収まっていた。


「あの、私」

「シーツ、干してくれたのウィルちゃんでしょ?だぁいじょうぶ、ちゃんと分かってるから。何年ここで働いてると思ってるの」

「ぴ、ピレットさぁ~ん」


誰も見ていないと思っていた。でもたった一人でも本当のことを見て、知ってくれている。それがどれだけ嬉しく、心強いことか。ウィルはピレットの誠実さと温かさに触れ、涙を零した。


フルーツはとても一人では食べきれる量ではなかった為、ハルスやイヴェイルにもお裾分けしようと食堂を出たウィルは向かいからやってくる二人組に呼び止められる。


「よぉ、ウィル。いいもん持ってるじゃないか」

「あー、どうも。ガンブさん」


ガンブ、と呼ばれた男は先日ウィルに股間を蹴り飛ばされたあの男だ。あれ以降も時々こうしてウィルに声をかけるガンブに、ウィルの中からもいつの間にか悪感情は消え、時折一緒に飲むことはある程度には交流をするようになった。


「ちょうどよかった。もう一人誰かいねぇかなって思ってたんだよ」

「はぁ?いったい何です?」


にこにこと笑うガンブの後ろには若干やつれたウルペース・フィッチがいた。会うのはこの間の三股発覚事件以来だ。


「実は嫁がケガして倒れたって連絡があってな。オレは今から医者の所に行くから、その間ガキどもを見ててほしいんだわ」

「えぇっ?は~、まぁ別にいいですけど。奥さん大丈夫なんですか?」

「たいしたケガじゃないらしいから夕方までには帰れるだろ。団長には話してあるし、悪いけど頼む」

「そういうことなら仕方ないですね。フィッチさんも行くの?」

「……はぁぁぁぁぁ、仕方ねぇからな」


深い深い溜息を吐いたウルペースとウィル、そして籠盛りのフルーツはガンブの案内で王都の宅地エリアへと向かう。


整然と並ぶ高級住宅街を抜け、少し古びた家々が並ぶその一角にガンブの家はあった。家の前には四人の子ども達が座ったり立ったりして待っており、ガンブの姿を見つけると一目散に走り出す。


「おっっせーーー!!」


どすっとガンブの腹に突撃したのは一番背の高い少年。続いて二人の幼女と一番小さい男の子が飛びついた。


「パパおそーい」

「そうよ、ママが心配じゃないの?」

「ぱぱーだっこー」


あっという間に騒がしくなったその場でウルペースは不機嫌さを隠すこともなく眉間に皺を寄せた。その様子に少年が苛立たし気な視線を向ける。


「親父、こいつ等誰だよ」

「あぁ、二人はオレの仲間のウィルとウルペースだ。母さんが帰ってくるまでお前達の面倒を見てもらうよう頼んでおいたからな」

「はぁーっ!?そんなもんいらねぇよ!オレはもう十歳だ!妹と弟の面倒ぐらい一人で見れる!」


憤慨して暴れる少年にガンブは「何言ってんだ!そう言ってこの間家めちゃくちゃにしたのは忘れてないぞ!」と怒鳴った。


「とにかく、二人の言うことを聞いて大人しくしてろよ。夕方までには帰るからな」

「チッ」


少年は舌打ちをし、どすどすと足音を荒げて家の中へ入っていった。その後姿を溜息をついて見送るガンブ。幼女と男の子はどうしたらいいのか分からず、兄が去った家と父と父の仲間の間を行ったり来たりする。


「悪いな。あいつ今反抗期で」

「そういう時もありますよね」

(私はなかったけど)

「ま、そういう時もあるでしょ」

(オレどうだったけ……あ、やば、思い出したくないことまで蘇ってきた)


二人が全く逆の反応をしている頃、家の中へと引きこもった少年は二階の自室の窓から父であるガンブを見下ろしていた。その目にはうっすらと幕が張り、今にも零れ落ちそうである。


(何だよクソ親父。オレじゃ頼りにならないってのかよ。オレは、オレは、親父みたいに……)


――ガンッ


「ッ!?」


突然開いたドアに少年は目を見開いた。確かに鍵をかけたはずなのにどうやって、という疑問の答えはドアを蹴破ったそのままの状態で伸ばされた足が物語っている。


「な、なな、何すんだよっ!」

「親父、もう行ったぞ。いつまでも拗ねてないで妹と弟の面倒見ろ」

「は、はぁっ?っていうかドア!鍵!」


少年が鍵を確認すると見事にへしゃげたかんぬきがそこにあった。


「そんなの鍵って言わねぇだろ。ほら、さっさと降りて来い」


言うだけ言って去っていったウルペースに少年は生まれて初めて殺意というものを抱いた。


少年が階下に降りると妹に髪をもみくちゃにされているウルペースと、自身の弟に切り分けたリンゴを食べさせるウィルがいた。すっかり二人に馴染んでいる妹と弟に少年は少しだけショックを受ける。


「あ、来た来た。少年、君もリンゴ食べる?オレンジもあるよ。ビックリしたことにメロンもある。どれにする?」


にっこりと微笑んだつもりのウィルは、しかし顔を逸らされ(え、やっぱり顔怖い……?)と落ち込んだ。年少者に怯えられるのはこれが初めてではないとはいえ、やはり堪えるものがある。


「いい、いらね」

「あ、そ、そう?欲しくなったらいつでも言ってね」


だがどうやら顔は関係なかったらしいと気づいて安堵の息を吐いた。


「キノコー、キノコー」

「キノコの魔獣モンスターだよ、お兄ちゃん」


幼女二人に纏わりつかれ、髪をいじられるウルペースは「だぁれぇが、キノコだ!」と言って二人を追いかけ回す。あんなこと言っといて意外と面倒見いいんだなと、ウィルは自身の口の中にもリンゴを放り込んで思った。


「きゃー!キノコが襲ってくるぅー!」

「あはははは!」


きゃっきゃっと楽し気に走り回る幼女二人は、暫く経つと疲れから眠たくなったのかぐずり始め、お腹が一杯になってうとうとしていた弟ともにベッドへ寝かされた。


「はぁー、任務かんりょー」

「子どもの体力えげつねぇわ」

「何か飲む?」

「ビエールくれ」

「無理に決まってんでしょーが」


疲労の色を滲ませ椅子に座りこんだウィルとウルペースを少年は悔しそうな顔で見つめる。


「どうした。お前も寝てくるか?」

「寝るかっ。オレはもうガキじゃねーんだ!」


そうだ。子どもガキじゃない。だから妹と弟の面倒だって一人で見れるはずなんだ。それなのに、それなのに、上手くいかない。ティルもユールもキリルも言うことを聞いてくれない。親父も母さんも忙しいからオレが面倒見なきゃいけないのに。親父みたいに、母さんみたいには、できない。オレは、オレは――。


「そういうところがガキなんだよ」

「なっ」


ウルペースの言葉に少年は頭に血が上り、ウルペースめがけて拳を突きだした。しかしそれは簡単に受け止められてしまう。


「見ろ。オレはまだ十六だが、それでもこれだけ手の大きさが違う。お前の親父の手はオレよりももっと大きい。それは大人だからってだけじゃねぇ。お前の親父がこれまでたくさんの困難を乗り越えてきたからだ。けどお前はまだ何も乗り越えちゃいない。口先だけのひよっこだ。こんな手じゃ自分の妹弟きょうだいすら守れねぇ」


ウルペースの言葉に少年は顔をくしゃくしゃにして両目から涙を零した。

分かっている。親父は家族を、仲間を、この国を守る為に毎日戦ってる。そんな親父に憧れて、そんな風になりたくて、でもそんな風にはなれなくて。


「……っ、じゃあ、どうすればいいんだよっ。オレは、オレは、どうすれば親父みたいにっ」

「強くしろ。じゃなくて精神ここをな」


とんとん、と心臓の辺りを叩かれた少年はそっと拳を収めた。


「そしたら、親父みたいになれる?」

「あぁ、きっとな」

「――。ありがと、ウルペース」

「さんを付けろ。何歳上だと思ってんだクソガキ」


ぐしゃぐしゃと少年の頭を撫でたウルペースは席を立ち出口へと向かう。その顔は平静を装っていたが、耳が赤くなっているのをウィルは見逃さなかった。


(カッコつけて説教したけど今になって恥ずかしくなってきたパターンだな。これは)


逃げるように家を出かけたウルペースをしかし少年が呼び止める。さっさと消えさせてくれ、と懇願するように振り向いたウルペースは一転、少年が浮かべた晴れやかな笑みを見て自身も口元に笑みを浮かべた。


「オレはクソガキじゃねぇ!ベルクだ!ウルペース!」

「だからさんを付けろってんだよ。


ベルクの迷いが晴れたことを表すかのように雲が風に吹かれていく。

ウィルは二人のやり取りを微笑ましく見守っていたが、ふと我に返ってウルペースが逃げたことに思い至り、すぐさま後を追って跳び蹴りをかましたという。

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