第一四天王編

新婚(仮)初夜を応援します

「こうして王都を出てからずっと北へと向かっているわけですが、地図によるとこの先に村があるみたいですね」

「はい、わしも実際に訪れたことは無いのですが、その村の者がよく王都へと特産品を卸しにに来るそうで」

「そうだな、俺の商会にも」

「元が抜けてますよ?」

「くっ.....商会でも特産品を卸してもらっていたことがあるな」

「ひとまずはそこを目指す形になるでしょうか。できればもう少し詳細な地図が欲しかったですが....」

「それは仕方ないだろう、この辺りは少なからず魔物もいる。安全な旅を優先するからそこまで詳細な地図を残せないんだ」

「そうですよねぇ」


 今は昼下がりで場所は王都を出て半日ほど歩いたところ。ちょうど王都の城門がうっすらとしか見えなくなるくらいの位置である。


「半日歩いてこの程度ですか、この調子では村に着く前に一泊はしないといけないでしょうか」

「そうですなぁ。となるとここは班分けを.....」

「お、俺は見張りを」

「ここは新婚に気を利かせて」

「はい、サムエル殿とマリア殿、そしてわしと勇者様とロンデル殿の2班ということで」


「「「「賛成」」」」


「ほらやっぱりっ!」

「ですが野営用の天幕は2つしかないですし」

「男4人で使えば....」

「狭いのはちょっと」

「「嫌ですね」」

「こんな時だけ声ピッタリなんだもんなぁお前ら...」

「ままま、サムエル殿、ここは男の見せどころですぞ」

「どっちかというとこっちが食われかねないんだが」


「....そういえば聖女用に用意した媚薬が消えていたような....」

「っ!?」

「縄と猿轡さるぐつわも無かったですな」

「.............なぁマリア.....」

「大丈夫です旦那様。それで.......最初は男の子?それとも女の子?」

「全然大丈夫じゃないんだがっ!?」



「ところで勇者様、ロンデルは先ほどからうっとりと盾を眺めていますが、もしかしてあれは....」

「あぁ先日の報酬にな」

「おい....あれももしかして王宮で....」

「はははっ、見損なわないでくださいサムエル」

「ま、まぁさすがにそう何度も盗んだりは....」

「あれは別の銅像がドロップしたのです」

「やっぱりじゃん!?」


こうして平和な旅が続いていた。



 それからも勇者一行は北へと歩き続けるが特に何事もなく時が経ち.....


「日も暮れてきましたし、この辺りで野営にしましょう」

「では旦那、こっちに天幕組み立てますね?」

「あぁそれで頼む」

「では勇者様、食材をいただけますか?こちらで調理の方を進めておきますので」

「あぁそちらも頼んだ」


返事をした勇者が虚空に手をかざすといつの間にかその手には大きめの袋が握られ、中を確認した勇者は袋ごとその中身を賢者に渡す。


「ガリウス、今日の分はこれで足りるだろう」

「大丈夫かと。サムエル殿も手伝ってもらえますか?」

「あぁ分かった。それで今日は何を作るんだ?」

「そうですねぇ。では"チャーハン"などいかがでしょう」

「"ちゃーはん"?それはまた異世界の料理なのか?」

「えぇそうですね。こちらにもお米やネギなどは存在しているようなので作れそうです」

「それで作り方は?」

「簡単ですよ?刻んだネギを炒め鳥類の卵を溶いたものを混ぜます。そのあとはお米を入れて強火にしてからまた炒めるだけです」

「たしかにずいぶんと簡単だな」

「ですが前回教えていただいた"おむらいす"なる料理はおいしかったですぞ?あのふわとろ感が何とも...」

「いえ、まだ最後にひと手間ありまして。全体の味を統一するために調味料を混ぜるのですが、こちらには無い物もあるのでその辺りはお任せします」

「まぁ大体の手順が分かれば味付けはこちらで試してみるが...」

「それではそちらは頼むとしましょう」


「勇者様っ!」


「どうしましたか、マリアさん?」

「ぜひっ、ぜひ私にも異世界の料理をっ!なかなか振り向いてくれない旦那様をイチコロにする料理を教えてください!!」

「なるほど......................それならば」

「おい今何を考えた?やけに間が長かったようだが....」

「.....それならばとっておきの料理を教えましょう」

「おい聞いてるのか?これから俺コイツマリアと一夜を過ごすんだぞ?」

「新婚初夜ですね!」

「まだ違う!!」



「ではこちらで教えますのでマリアさん.......今日のサムエルは愛妻夕食です」

「聞いたことないぞっ、......というか俺もそっちの"ちゃーはん"で....」

「ままま、サムエル殿、未来の夫が取り乱すものではございませんぞ」

「うるさいわっ、....というかじいさん、やけに俺たちをくっつけたがるな?」

「いえ、わしは元から勇者様の案に賛成でございますれば」

「そうか?なんかこう...結婚というか無理やり責任を取らせようとかそういう意図を感じるんだが」

「そんなことはありませんぞ?考えすぎでは.....それにそれは勇者様だって同じことかと」

「いやアイツ勇者は人の嫌がる事をやって楽しむ習性があるからなぁ....」

「うーむ、...わしにはそんな意図は無かったのですが....」

「そうか、それはすまな」

「まぁ美形のマリア殿との子供がもし女の子であればどんな美少女になるのかとか考えたことはありますが」


「それじゃんっ!?おいやめろよ?俺の娘に手を出すのは」


「見損なわないでいただきたい!手なんて出しません......ただ"じぃじ"とか呼ばれて懐かれ毎朝笑顔を見せてくれるだけで良いのです」

「そうか、それはすまな.......ん?あれいいのかそれ?でもまぁ、悪いことでは無いんだがそこはかとなく不安な...」

「にしても"俺の娘"ですか。今の言葉を聞かれていたら新婚待ったなしですな?」

「あ、あぁうかつ.....あれ、マリアは?」

「見たことある小瓶を持って勇者様に付いて行きましたが」

「それちょっと待ったー!!」



◇◆◇



「「「「いただきます」」」」


「..........」

「どうしましたかサムエル、ご飯の前にはいただきます、常識ですよ?」

「....異世界のな?それはまぁいいんだが.......俺の飯はこれ大丈夫なのか?」

「えぇもちろん」

「どう見ても他と同じに見える"ちゃーはん"で匂いも見た目も普通なんだが」

「それのどこに問題が?おいしそうな"チャーハン"ですが」

「いやだって......これ作ったのマリアなんだろ?」

「えぇ」

「それで俺をイチコロにするって作ってたんだよなぁ」

「そう言ってましたね」

「..........それがなんでこんな他との違いの分からない普通の"ちゃーはん"なんだ?」

「.................さぁ」


そこでスッとサムエルがマリアの方へと向くが........スッと目を逸らされる。


「なぁおい........これ何も入ってないよな?」

「「入ってないよ?」」

「.......今疑問形じゃなかったか?」

「「入ってないよ」」

「...なぁマリア、媚薬」

「なんて持ってません旦那様」

「.............」

「.............」


しばし無言で見つめ合うサムエルとマリア、だがそこに一切の甘い雰囲気などは無く......


「っ!!」

「あっ逃げた!旦那様っ!?」


途端に逃げ出すサムエル、だが飛び起き数歩走ったところでバタリと倒れ.....


「っ!?お、おい体が動かないんだが....」

「残念なことですサムエル」


そう言った勇者の手にはサムエルが口を付けたグラスが握られていて


「本当はこんな手を使いたくはなかった」

「ちょ、おいって」

「でも仕方ないのです」

「まさかっ!?でもあのグラスはただの水....」


目の前で勇者がそのただの水をこぼすとみるみると色が変わり


「っ!?お前まさか....」

「スキル"イリュージョン"を使いました」


それは魔物捕獲用に使われる手足のみを痺れさせる薬に.......とてもよく似た色をしていた。



◇◆◇



「はなせーっ、だ、誰かっ!たすけっ!!」

「落ち着てくださいサムエル、あとここらに人はいませんよ?私たち以外」

「くっ、一体どうしてここまで.....」

「....実は宰相のエバルスさんから少し前にお話しがありまして」

「.....宰相が....?」

「えぇどうやら国王陛下が私に見張りを付けているらしく、いざ何かあれば暗殺も視野に入れているとか」

「っ!?」


「なぜなんでしょう........陛下には人一倍気を使ったつもりなのですが....」

「お、おう....ホントに分からないのか?」

「まぁ自覚はしてますが」

「お、お前......まぁそれはいい。それで一体どんな話を?」

「えぇ、宰相からは取引を持ち掛けられました」

「取引?」

「自分の身と親しい者、あとはペットの食虫植物の安全と少しの願いを聞いてもらえれば陛下の事は何とかしてみせると」

「お、おぉ.......すごい裏切りを聞いたな....食虫植物?」

「"ゴンザレス"ちゃんだそうです」

「そ、そうか、そこは別にどうでもいいんだが...」

「それでこちらとしてもそれはありがたい事。なのでその取引を受け入れたのです」


「なるほど.......それで一体俺に何の関係が?」

「えぇ実は、少しの願いの内容が"マリアさんとサムエルの入籍を取り急ぎ行って欲しい"と」

「えっ、なんで」

「王都を出る前にマリアさんが再起不能にした貴族たちがいたでしょう?」

「えっ再起不能!?部屋に引き籠ってるだけじゃなくて?」

「引き籠ってはいるのですが今だ悪夢にうなされ仕事もままならないと」

「何したのっマリア!?」

「それを知った他の貴族たちが次は自分の番かも、と怯えているみたいでして」

「知りたくなかった....」

「その報告を至る所から受けたエバルスさんは困り果てたらしく」

「それは.....同情するが」


「それならいっそマリアさんに辺境の土地を与えて夫婦二人、仲睦ましく暮らしてもらえれば、となったそうでして」

「さっきの同情返してっ!?なんだその臭い物に蓋を理論は!」


「それには周りにいた私たちも諸手を上げて大賛成」

「ちょっ居たの!?俺知らないんだけど!?」


「まぁそういうわけで責任を取らせるのが手っ取り早いかなぁ、と」

「お前らに人の心は無いのか!?」


「ちなみに両親からの許可は得ております」

「あんのぉ......やろうどもめっ!!」

「その時に頂いたのがこの痺れ薬でして」

「ホントにそれ俺の両親っ!?」

「"ドンと一発やってこい"と」

「今まさにヤられそうなんですが!?」


「とまぁそういうわけで、これは魔王討伐、ひいては世界の為なのです」

「お前たしか前もそんなこと言って俺を騙したよなっ!」



そう言って怒るサムエルだったが実はこのとき痺れ薬の効果が少し薄れてきているのを感じていて


...."これなら逃げられるかも"


とか思っていたのだが.......



「あぁガリウス、そろそれ痺れ薬の効果が薄れてくる頃なので追加持ってきてもらえますか?」


という勇者の一言で再び絶望に叩き落される。



◇◆◇



「なぁ勇者よ.....」


「なんですか?......はい食べなさい」

「うっ..んん...くっもぐもぐ.......考えてみてくれ」

「何をですか?.....はい次です」

「ん゛ぐっ....むぐむぐ........お前はオークと一晩共に過ごせと言われて"はい分かりました"と納得できるか?」

「それはもしかしてマリアさんの事ですか?本人がいないとはいえ、なかなかの度胸ですね......でもオークと違ってマリアさんはとても美人ですよ?」

「.....違うんだ、むぐむぐ。そういうことじゃない.....お前は美人な女性に化けた魔物とねやを共にできるかという話を」


「わしにはご褒美ですが」


「お前は黙ってろ変態じじいっ!......なぁ頼むよ、もうちょっと清い体でいさせてくれよ....」

「はい、これで終わりです」

「むぐむぐ......な、なぁ勇者様ぁ、聞いてるか?」

「ではガリウス、マリアさんを呼んできて」

「勇者ぁぁぁ!?」



◇◆◇



「それでは行きますよ、旦那様?」

「い、いやだぁぁぁ」


そう叫んで引きずられていくサムエルを


「「「いってらっしゃ~い」」」


と、勇者たちが見送った後。



「それで勇者様、明日からの予定はどうしましょうか」

「ふーむ、といってもな。最終目標は魔王討伐だがらそこらの村ですることは特に無いのだが」

「まぁそうですな.....」

「たしか魔王はまだ復活してないんだよな?」

「はい、魔王の復活はまだですな。ただ、魔王直属の配下には四天王と呼ばれる者たちがおりまして」

「ふむ、そういえば宰相が言っていたな.....それはどれくらいの奴らなんだ?」

「なにぶん昔の事ですから、わしも詳しくは知らないのですが」

「そんなに生きているという時点で只者では無いのだが」

「えぇ、一説では1万の魔物を生み出したとか、それらを率いて小国一つを滅ぼした、などと言われております」

「ふむ」

「そういった者たちがこぞって信奉し復活を願う魔王ですからその強大さも推し量れるでしょう」

「なるほどな」

「あとは伝承で、魔王が配下のひとりに託した"復活のカケラ"とやらが、きたる魔王復活に必要なもの、という話もありましたな」

「つまりはその"復活のカケラ"とやらさえ潰してしまえば」

「魔王の復活は防げます」

「あるかは分からないが......ひとまずはそれを目標に四天王とやらを探しつつ魔王城へと向かう方向で進めるか」

「それが良いかと」

「それでは今日はもう寝るとしよう。見張りは交代でするとして」

「とりあえず俺がしますよ旦那」

「そうか。それでは頼むな」


こうして王都を出て一日目、勇者一行の夜は更けていく。



◇◆◇



 一方、勇者が出て行ったとの王宮にて、


「................行ったな」

「................えぇ行きましたね」

「これで当分はあの勇者と顔を合わせずに済みそうだ...」

「あまりそんなに安心はできませんが」

「...にしてもエバルス、今日のお主、なんだか..わしに冷たくなかったか?」

「いえ全くそんなことはありませんはい」

「やけに早口だな....もしかして2度目に倒れたときにどこかおかしくしたのでは...」

「全くもって健康でございますからご心配なさらずに」

「...やけに早口だな.....お主、わしに何か大事なことを隠してはいまいか?」

「いえ、常に私は陛下とこの国のためを想って行動してございます」

「そ、そうか....そうだな。お主とは長い付き合い.....これからもよろしく頼むぞ?」

「はっ」


 こうしてハリス王はエバルスの揺るぎない忠誠を聞き、一層信頼を厚くする。

........その裏でまさか食虫植物と天秤にかけられ裏切られているとは知らずに......



(すみません陛下、私には守らねばならぬ大事な家族ゴンザレスがおるのですっ!!そのためならばたとえ陛下といえど....)



ぶっとんだ勇者がひとりの忠誠心を狂わせた瞬間である。


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