2.財閥令嬢の強引な導き。






「……で、アカネはどうして俺に頼もうと思ったんだ?」

「しれっと呼び捨てですのね。構いませんが」


 さて、そんなわけで。

 俺はアカネの護衛を務めることとなった。

 とはいっても、タイムリミットである週末――日曜の23時までは、情報を集める以外にないのだけど。そんな中で俺には気になることがあった。

 それが今ほど訊ねたこと。

 数多にあるであろう選択肢から、俺を選んだのか、だ。


「そうですわね……」

「普通に考えて、学生に頼むことじゃないだろ? それに、あの御堂財閥の令嬢だってならなおのことだ。本職がやるべきことだろ?」


 とくに理由はない、と。

 そう言いたげに首を傾げる彼女に、俺はそう言った。

 文句のつけようのない正論のように思われるそれ。しかしながら、


「落ち着きなさい。理由はありますわ。それは――」


 それは、いとも容易く。




「女の勘、ですわ!」





 そんな、間の抜けたものによって覆された。

 言葉もでない。この女の子は自身の安全を、そんなあやふやなもので守ろうとしているのだから。開いた口が塞がらないというのはこのことだった。

 しかし、その勘も馬鹿には出来ないのだな、と。

 俺だからこそ、そう思えた。


「わたくしは貴方に可能性を感じました。それ以上の理由がありまして?」

「…………はぁ」


 思えたけど、ため息しか出ない。

 自信満々なアカネの姿を見ていると、呆れが前に出てくるのだった。

 いいや。考えようによっては、彼女は彼女で大物なのかもしれなかった。さすがは御堂財閥のご令嬢。考えることが常人の一歩先を行っている。


 だが、とにもかくにも。

 請け負った役割はこなさなければならない。

 金銭に興味がないといえば嘘になるが、それ以上に気になることがあった。


「それで? フランスのマフィアに狙われてるって言ってたけど……」


 そう。それだった。

 アカネはハッキリとそう口にしたのだ。

 フランスのマフィアに命を狙われているのだ、と。


「その組織の名前って、分かってるのか?」

「意外と興味を持ちますのね」

「まぁ、ね」


 俺の関心を引けたのが嬉しいのか、彼女は怪しく微笑んだ。

 素っ気なく答えながら、返事を待つ。すると――。



「『イ・リーガル』――という組織のようですわ」

「…………!」



 あまりに平然と、アカネはその名前を口にした。

 俺は不意を打たれたように息を呑む。嫌な予想は当たるものだ、と思う。


「先日、情報が入りましたの。日本に潜伏しているその一団が、金銭目的に私を狙っている――という、ね。もっとも、眉唾ではありますが……」


 ふっと笑いながら、そう語る彼女。

 しかし、俺にはそれが嘘ではないと分かる。

 『イ・リーガル』全体の方針は、今の俺には理解できない。それでも、彼らがアカネの命を奪おうとしているのは、間違いないように思われた。


 甘い考えを捨てるんだ。

 元々、彼らは闇社会の住人なのだから――。


「それで、今日はどうしましょうか?」

「……え?」


 真剣に考え込んでいると、またもや不意を突くようにしてアカネ。

 自然な流れで俺の手を掴んで、微笑むのだった。



「せっかくですから、エスコートして下さるかしら?」



 そして、悪戯っぽくそう言う。

 それはつまり、どういうこと……?



「さぁ、行きますわよ! 庶民の遊びを教えてくださいまし!!」

「え、あ、ちょっ……!?」



 だが、こちらが理解するより先にアカネは俺を引きずっていく。

 目が点となった俺。これが、彼女とのちょっとした珍道中の始まりだった。


 

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