3.急展開。







「――ふぅ。少しは、楽しかったですわ」

「はいはい、そうですか……」


 夕暮れの住宅街を歩きながら、俺たちはそう言葉を交わす。

 結局あの後は、アカネの気の向くままに街中を散策することになった。彼女はあらゆるものに興味を持ち、これはなにかと、子供のように訊いてくる。

 その姿はどこかミレイにも似ているような気がして、放っておけなかった。


 とはいえ、あの子と決定的に違うのは、その傲慢さだがな!?


 そんなわけだから、これといった好意を抱くようなイベントは発生しなかった。

 俺の心の中には常にミレイがいるのだから。仕方ないね!


「ところで、ミコト。貴方に訊きたいことがあるのですわ」

「ん、なんだよ」


 そう思っていると、不意にアカネがそう言った。

 俺はぐったりとうな垂れながら答える。

 すると飛んできたのは、



「貴方は、赤羽ミレイとどういった関係ですの?」



 俺とミレイの関係を問うものだった。


「ん、関係……?」

「えぇ、そうですわ。噂を聞くに赤羽ミレイと貴方は、毎日一緒にいるらしいではないですか。それでは、貴方にとっての赤羽ミレイは、なんなのですか?」

「俺にとっての、ミレイ……」


 アカネの言葉に首を傾げてしまう。

 俺にとってミレイという存在は、なんなのか。

 それはすなわち、俺が彼女のことをどう思っているか、ということ。だとしたらそれは、考えるまでもない。気持ちは一つだった。




「何よりも大切な、大好きな女の子だよ」




 それは今さらなもの。

 俺はそんな彼女を守るために、今までやってきた。

 その自負があるから、アカネの問いかけに真っすぐに向き合える。


「そう、ですのね……」


 こちらの回答に、どこか気落ちしたように息をつく令嬢。

 だがすぐに気持ちを切り替えたのか、俺を見つめてこう口にした。


 前触れもなく。

 それは、あまりに唐突な宣告だった。




「――なら、急ぎなさい。あの子を失いたくないなら」

「え…………?」




 瞬間、背筋が凍るような感覚。

 そんな俺を見て、アカネはゆっくりと口を開いた。



◆◇◆



「くそ、油断した……!」


 俺はミレイのいる病院へと駆けていた。

 それは一般的なそれではなく、ひっそりと隠れている。いわゆる闇医者だ。そこに彼女はいるはずなのだが、


「ちっ……! もぬけの殻かよ!」


 辿り着いた時、廃墟のようなビルの中には誰もいなかった。

 悪態をつきながら、なにか手がかりがないかを探す。アレンとミレイは一緒にいたはず。しかし、セキュリティの理由で俺は二人の連絡先を知らなかった。

 自白剤や拷問で、俺がそれを吐く可能性があるからだ。

 だが、今はそれが裏目に出ている。


「でも、アカネはどうして俺に――」


 焦りを抱きながらも、俺はふと財閥令嬢の言葉を思い出した。

 彼女はふっと息をついた後にこう言ったのだ。



『いま、わたくしのSPたちが赤羽ミレイの確保に向かっています。彼女を失いたくない、そう思うのならお急ぎなさい? ――手遅れになる前に』



 それを聞いて、俺は一目散に駆けた。

 そうして今に至るのだがその時、不意に背後から声がする。


「ミコトちゃん、きたのね……」

「ダース!?」


 それは、聞き覚えのあるものだった。

 振り返るとそこには、額から血を流したダースの姿。

 壁にもたれかかるようにして腕を押さえている彼に、俺は駆け寄った。すると気が緩んだのか、息も絶え絶えに膝をつくダース。

 自嘲気味に笑いながら、こちらを見て言う。


「完全に、油断したわ。まさかこの場所を知られるなんてね……」

「ミレイは!?」


 苦悶の表情を浮かべるダース。

 それでも、余裕を失った俺は詰問した。

 するとまた一つ、小さく笑ってから彼はこう答える。


「連れて行かれたわ……。アレンも一緒に、ね」

「…………!」


 そこで、息を呑む。

 まるで心臓を鷲掴みにされたような、そんな感覚に襲われた。

 呼吸が荒くなる。深呼吸をして、それを抑え込もうとするが上手くいかない。すると、そんな俺を落ち着けようとしたのか、ダースが肩に手を置いてきた。


「ミコトちゃん、いま頼れるのは貴方だけ。落ち着いて……?」

「…………あ、あぁ」


 懇願するような彼の言葉。

 唇を噛んで、気持ちを切り替える。

 俺は一度目を閉じてから、ゆっくりとそれを開いた。そして――。


「ミレイは、どこに連れて行かれた?」


 強くダースに見つめ返して、そう問いかける。

 そんな俺を見て、満足げに笑んで彼はこう口にするのだった。




「相手は、御堂財閥の雇った警備部隊。場所は――」




 ふっと、消え入るような声。

 俺の耳に届いたのは、少し意外な場所だった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る