第4章

1.ミレイのいないある日のこと。







 ミレイが入院してから2週間が経過した。

 もうそろそろ、松葉杖を使いながらだが退院できるとのこと。送迎はアレンの運転する車になるが、とりあえずはまた彼女と学校生活を送ることができるのだ。

 しかし、それまでに色々なことが発生していた。


 これはミレイの入院期間中に起きた事件である。





「ん、俺に会いたい人がいるって……?」


 それは体育祭の翌週の昼休み。

 購買で買ってきた焼きそばパンを食べていると、田中がそう声をかけてきた。

 なにやら緊張した面持ちで、俺の返答に言葉なく何度も頷いている。それほどまでにガチガチになる来客とは、いったい誰のことだろうか。

 タイガ――は、違うと思う。アイツは人を使って俺を呼び出したりしない。教室に堂々と入ってきては、馴れ馴れしく話しかけてくるのだ。


「だとしたら、誰だ?」


 自慢ではないが、俺は自分のクラス以外の人とはあまり絡まない。

 だから、こんな時に思い当たる相手がいないのだ。


「まぁ、なにか授業の関係だろ」


 でも考えたって仕方ない。

 俺はそう思い、おもむろに立ち上がった。

 そして、その人物がいるという教室の前に向かう。すると――。


「あ……アンタは、あの時の」


 そこには、どこか見覚えのある女子生徒がいた。

 肩ほどまでの黒髪に、端正な顔立ち。目元に泣きぼくろがあり、勝ち気な眼差しをこちらに向けている。腕を組んだその上には、たわわな果実が2つ乗っていた。

 背丈は俺より少し低いくらいだが、態度も相まってそうは思えない。


「アンタ、とは失礼ですわね。わたくしの名前をご存じなくて?」

「申し訳ないっすけど、知らないっす」


 こちらの呼び方が気に入らなかったらしい。

 彼女は眉間に皺を寄せた。そして、そう訊いてきたので素直に答える。そうすると女子生徒はどこか、信じられない、といった表情になり震えてこう言った。


「ま、まぁ――それは良しとしましょう」


 いや絶対、良しとは思ってないね。

 そう思ったが、口には出さなかった俺、賢い。

 というところで、改めて彼女は居住まいを正してこう名乗った。


「では、自己紹介しますわ。わたくしの名前は――御堂みどうアカネ」



 大きな胸を張って、こう誇る。





「かの世界的に有名な、御堂財閥の令嬢ですわ!!」――と。



◆◇◆



「で、そんな財閥令嬢サマが、俺なんかに何の用で?」

「言い方に棘がある気がしますわね。別に構いませんけれども……」


 そんなこんなで。

 俺たちは、二人で中庭にやってきていた。

 学生たちが休み時間を楽しむそこは、ぶっちゃけたところアウェイだ。リア充の巣窟など滅べばいいのにと、そう思うくらいにカップルが戯れている。

 イチャイチャするなら、目につかないところでお願いしたいところだった。


 しかし、ゆっくり話すにはここが最適な場所であることに間違いない。なので、手頃なベンチに腰かけて俺たちは言葉を交わすことにした。


「話というのは、他でもありませんわ」


 仕切り直し、とばかりにアカネはそう言う。

 俺が首を傾げると、彼女は真っすぐにこちらの顔を見て続けた。




「貴方――わたくしの、ボディーガードになりなさい」




 そう、命令口調で。

 しばしの間を置いてから、俺はようやく声を発した。


「…………はぁ?」


 なに言ってんだ、コイツ。

 そんな、素直な気持ちをありったけ乗せて。


「ふふん、名誉なことですから驚くのも仕方ありませんわね!」


 だが俺の反応をどう受け取ったのか、彼女は鼻を鳴らして誇らしげに言った。

 そして、こちらの答えなど聞かずにこう口にする。


「もちろん、タダでとは言いませんわ。相応の対価を支払いましょう」

「相応の対価って、俺はまだやるとは――」

「さしあたって、契約料で1000万円といったところでしょうか」

「――いっせん……!?」


 その金額に、思わず咳き込んでしまった。

 なにを考えているんだ、この子は! なにかの冗談だろう!?

 そう思ったのだが、至って真面目にアカネは俺の目を見てこう口にするのだった。それは少しばかり、聞き逃すことができない内容で……。


「実はですね、わたくしフランスのマフィアに命を狙われてますの」

「…………なんだって?」


 俺は、ついついそう訊き返していた。


「本当ですわ。金銭目当てでしょうけれど、まさか海外の組織に狙われるなんて――さすが、わたくしですわね!!」

「なぜに、そこで自慢げになるのか。そこだけは疑問なんですけど?」

「とにかく、この条件でいかがですか?」

「いかがですかって……」


 ツッコみを入れながら、苦笑い。

 どうにも真偽こそ不明ではあるが、アカネが本気なのは確かだった。

 それに、フランスのマフィア、という単語が引っ掛かる。本来マフィアといえばイタリアが発祥であり、フランスにもあれど数は多くないはずだった。

 そうなると『イ・リーガル』が無関係、とは言い切れない。


「………………」


 そこまで考えてから、俺はあることを確認した。

 そして、大きくため息をついてから……。



「分かった。いつまで、護衛すればいい?」



 アカネに、そう答えた。

 すると彼女は待ってました、と言わんばかりに頷く。


「期間は今週末のパーティーが終わるまで。よろしくお願い致しますわ」

「……今週末、か。分かったよ」


 俺が了承すると、令嬢は満足げに笑って立ち上がった。


「それでは、今日の放課後からお願いします」


 そう言い残し、去っていく。

 俺はそんなアカネの後ろ姿を見ながら、呟いた。



「今週末の、23時――か」



 それは、彼女の寿命。

 どうやら、俺は結構にお人好しらしい。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る