10.事件の終わりに。





 俺は笑った。

 何故なら、ミレイの寿命は大きく延長されていたから。

 それならもう、ここでの俺の役割は終わりを迎えたと言って良い。その証拠に、流れは一気にこちらへと傾くのだった。



「だあああああああああああああああああああああああああっ!?」

「がっ……!?」



 絶叫と共に現われたのは――タイガ。

 頬に傷を負った彼は、サッカーで鍛えたのだろうその足で思い切り男の側頭部を蹴った。なにかが砕ける音が耳に届く。そして、横倒しになった男の手からこぼれた刃物を奪い、俺は立ち上がってそれを突き付けた。短い悲鳴を上げた般若の男は、隙間から震えた眼差しを向ける。


「さすがだね、我がライバル……」

「そんなこと、言ってる場合じゃないでしょう?」


 こんな時でも調子のいい発言をするタイガに、俺は心底から呆れた。

 しかし、内心で感謝する。彼がこなかったら、確実に死んでいただろうと思った。ミレイの寿命を確保できたなら、俺としては十分だけど。

 それでも彼女を守るのは、傍にいるのは俺でありたかった。


「あ、まて――!」


 そう思っていた矢先に、タイガが声を上げる。

 俺は少しだけ反応が遅れたが、どうやら男が隙を突いて逃げ出したらしい。

 だが、とっさに追いかけようとするタイガを俺は止めた。首を左右に振って、とりあえず警察に連絡するんだ、と。それに彼は同意し、スマホで警察を呼んだ。


 だけれども、俺は奴が捕まらないだろうと予想していた。

 それなのになぜ、俺は相手を逃がしたのか。

 その理由は――。


「あと1分、か……」


 あの男の寿命が、もうじき終わりを迎えようとしていたから。

 死に方までは分からないが、原因はおおよそ想像できた。


「きっと、アイツが向かうのは人気のない場所だ」


 俺は勘を頼りに、校舎裏を目指す。

 そして、もう少しでそこにたどり着く、という瞬間に――。



「………………っ!」




 乾いた音がした。

 しかし、それには体育祭で使うそれよりも生々しさがあった。

 俺は陰に隠れて、様子をうかがう。誰かが話している。しかし、くぐもった声であるそれからは性別はおろか、誰の物なのかはまったく分からない。

 息を呑んで、耳を澄ませた。すると聞こえたのは――。


「ホント、使えないわね」


 そんな一言だった。

 それ以上の言葉はなく、淡々と遺体の処理を済ませる集団。

 俺は、ここまでと踏んでその場を後にした。焦ってはいけない。いまはその集団が存在している、そのことを確認できただけで十分だった。


 だけど、いつかは相対するだろう。


 何故だろうか。

 自分は一介の高校生に過ぎないと理解しているのに。

 その予想だけは確信に近い、不思議な感覚が胸にあったのだ。



◆◇◆



 体育祭から、数日が経過した。

 ミレイはやはり骨折しており、しばしの入院を余儀なくされた。

 今日は日曜日。彼女の入院しているところへ、お見舞いに向かう予定だ。


「うわー、減ってるな」


 鏡を見て、俺は前髪を掻き上げながらそう漏らした。

 とりあえず、入院先にはアレンがいてくれるから安心だろう。そんなわけだから俺は、束の間の穏やかな朝を過ごしていた。

 そうしていると、おもむろに海晴が顔を出す。


「なにが減ってるの? ――まさか、若禿げ?」

「うっせ! 余計なこと言うな!」


 そして、そんな日常的なやり取り。

 軽口を叩きあいながらも、笑い合う、そんな平和な時間。


「お兄ちゃん。次、私が使うから早く代わってよ」

「あー、分かった分かった」



 俺は最後に、もう一度だけ鏡を見た。

 そして、一つ頷いてからその場を後にする。

 この選択をしたことを、後悔はしない。むしろ、誇ろう。

 









 俺の寿命は――あと、5年。





 それまで、俺はきっとミレイのことを守り続ける。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る