第3章

1.新しい朝。





 ――翌朝。

 俺は大欠伸をしながら、学校を挟んで反対側へと向かっていた。

 時刻はまだ早朝5時。街も目覚めていないし、当然に人足も少なかった。そんな中を真っすぐに、ある場所へと向かう。それというのは……。


「あぁ、早いな――ミレイ。おはよう!」

「ミコトくんっ! おはようございます!!」


 あの日の公園で、ミレイと待ち合わせをするためだった。

 秋へと移り変わる頃合いに、俺たちの関係は以前から少しだけ変化する。恋人だとか、そういうのではないけれど――友達よりは、心が近い関係だ。


 どうしてこうなったのか。

 話は当然に、アレンからの提案があったあの日にさかのぼった。



◆◇◆



「ファミリー……?」


 俺はその単語を聞いて、まず疑問符が浮かんだ。

 ファミリー、すなわち家族。というのは、マフィアの世界で組織の仲間を表す呼び名だった。そのことは過去に映画で見たから知っている。

 だが、それということは……。


「俺に、マフィアの一員になれ……ってこと、なのか?」


 つまるところ、そういうことだった。

 しかし、そこからが問題だ。正直なところ意味が分からなかった。

 首を傾げていると、事の流れを教えてくれたのはミレイ。彼女は潤んだ瞳で俺を見つめて、少しだけ不安そうにこう告げた。


「お父さんにミコトくんのこと、話していたの。そうしたら――その、とても面白い少年だな、って。将来の有望株として、組織に入ってほしいって言ったの」

「…………へ? お、俺が!?」


 驚いて声を上げると、小さく頷く少女。

 しかしそこで、アレンがこのように補足した。


「だが、これは苦肉の策でもある。お嬢様を救った人間を始末はできない。かといって、放置をすることもできなかった。だから、監視下に置く結論に至った」


 それは、感情が排除された論理的な帰結。

 なるほどミレイの言葉を理詰めで語るとそうなる、か。

 俺は一つ頷いて、アレンに向かって確認をするように問いかけた。


「でも、そうなると条件がありそうだな」――と。


 仮にも相手はマフィアだ。そういった組織だ。

 だとすれば、それ相応の交換条件や何かがあって然るべきだろう。


「あぁ、それなのだがな――」


 そう思ったのだが、アレンの口から出たのは意外な言葉だった。



「ミレイお嬢様を裏切らなければ、それでいい――とのことだ」

「え……?」



 思わず呆けてしまう。

 それってことは、つまり……。


「今まで通りにしていれば、それでいい……ってことか?」

「………………うむ」


 そういうことだった。

 俺はつまり、これまで通りにミレイの友達として彼女を大切にする。

 それこそが『イ・リーガル』の一員になる条件であり、役割だと云えた。


「それなら――」


 少し考えてから、俺は了承しようとする。

 その時だった。


「待ちなさい! そんな簡単に決めるべきではないわ!!」


 ダースが厳しい表情で、そう声を上げたのは。

 彼は腕を組んで、こちらを睨むようにして口にした。


「こちらの世界にやってくる意味――それを軽く考えてはいけないわ。毎日が生きるか死ぬか、その境目を歩くようなことなの。正義か悪、そんな二元論で語れないものも出てくる。ミコトちゃんには、その覚悟があるの?」

「それ、は……」


 そう言われて、ほんの微かに尻込みする。

 言うまでもないが、これまでの人生を一般人として歩んできた俺だ。そんな身がいきなり、生死を賭けた日々に飛び込む勇気を持つなど、簡単ではなかった。

 それを見透かしていたダースは、鋭くそれを指摘したのである。


「……ダース」

「ごめんなさいね、ミレイお嬢様。でも大切なことだから……」


 どこか悲しげな声で彼を見るミレイ。

 しかし、それでもダースは意見を曲げることはなかった。

 そうしていると、間に割って入ってきたのはアレン。彼はこう提案した。


「あぁ、だからオレから提案がある」

「提案……?」


 首を傾げると、アレンはこう続ける。



「ミレイお嬢様を守るため、ミコトの判断力を貸してほしい」――と。



◆◇◆



 そして、今に至る。

 通学路を歩きながら、俺は一つ息をついた。


「学校での、ミレイの護衛――か」


 そう、それが提案された内容だ。

 俺は仮のファミリーとして、学校でミレイを守る。

 それと同時に、緊急時には二人に連絡を入れて事態の鎮静化を図る。俺の身の安全はアレンとダースが保証する、というものだった。

 たしかに、普通の高校生である俺にできるのはそれが限界に思える。

 アレンは感情に流されない、そういう男らしかった。


「そういえば、体育祭がもう少しですね」

「ん、あぁ。そうだね」


 そう考えていると、ミレイが話しかけてくる。

 どこか楽しげに。


「私、そういった催しが初めてなので楽しみです!」

「ははは、帰宅部にはキツいんだけど」


 無邪気に喜んでいる少女に、俺は少し苦笑いをした。

 しかし、気持ちを切り替える。自身の持つ想いを確かめて、頷く。



 そして、改めて誓うのだった。

 こんな日々を続けられるように、俺が彼女を守ろう――と。


 

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