2.束の間の日常。





 それは休み時間に起こった。

 いくら護衛をするといっても常にそばにいる、というわけにはいかない。だがせめて目の届く範囲にいるようにする。それだけは約束だった。

 そんなわけで俺は、自分の席に気怠く座りながらミレイのことを眺めている。彼女はいま、他の女学生から誘われて何やら雑談をしていた。


 たどたどしい様子で受け答えするミレイ。

 しかし、そんな光景もまた日常の一場面だった。

 本日は平穏なり。彼女の寿命も大きく変化していないし、大丈夫だろう。


 そう思っていた時だった。


「坂上ってさ、赤羽と仲良いよな?」

「ん、なんだよ急に」


 不意に、そう声をかけられる。

 それは前の席の男子生徒――名前は田中。


「いいよなぁ! どうしてお前が、学園のアイドルとお近付きになってるんだよ!」


 彼はそう言って頭を抱えるのだった。

 ちなみに、学園のアイドルというのはミレイのこと。

 今さらながら彼女は学校の中でも一、二を争う美少女だった。そのため転校初日から校内は彼女の話題で持ち切りとなり、今では知らぬ者のいない有名人だ。

 もっとも、あの子がそれを自覚しているかは不明だが……。


「なんでって、隣の席だし……」

「そうだとしても、一緒に登下校とか聞いてないんですけど!? お前、自分が学校内で噂されてるの知らないのか!?」

「……え、俺もかよ」


 それは初耳だった。

 彼女と登下校するようになって数日だが、もう噂になっているのか。


「まぁ、それには事情があってだな。笑ってもいられないんだ」

「どんな事情でも羨ましいよ。替われよ~……」

「はははは……」


 田中が大きくうな垂れる。

 彼にミレイの素性を聞かせたら、どうなるだろうかとも思った。

 きっと、顔を真っ青にして先ほどの言葉を撤回するのだろう。言わないけど。


「さて、と――ん?」


 馬鹿げたことを考えている自分にも、軽く苦笑いしつつ。俺は視線をミレイの方へと戻した。すると、ある変化に気付く。

 なにやら女子生徒が騒がしい。

 それに、ミレイも見当たらなかった。どうしたのだろうか。


「どこいくんだ? 坂上」

「いや、ちょっとトイレに……」


 俺は適当に嘘を口にして田中を振り切り、教室の外へと出た。

 そして、右手を見るとすぐに異変に気付く。


「なんだ、この人だかりは……?」


 それは、人の波だった。

 男女比は半々といったところか。

 みなが口々に何かを言って、背伸びしながら何かを見ていた。勘ではあるが、ミレイはきっとこの奥にいるような気がする。

 そんなわけで例に漏れず、俺も背伸びをして奥を見た。

 するとそこには――。


「あ、ミレイだ。……男子生徒と、話してる?」


 やはり、彼女がいた。

 そしてその正面には一人の男子生徒。

 顔ははっきり見えなかったが、スラリとした体躯の三年生だ。


「なぁ、いったいどうしたんだ?」

「ん――告白だよ、告白!」

「あぁ、なるほど」


 近くにいた生徒に訊ねて、すぐに状況を理解した。

 なるほど。それは、もはや見慣れた光景の一つだった。

 先ほども述べたように、ミレイはすでに学園のアイドルとなっている。そんなわけだから、一日に複数人から告白される、なんてのもザラにあった。


 しかし、こんなに騒ぎになっているのは――なんでだ?


「まぁ、いいか。危険があるわけでもないし……」


 俺は彼女の寿命をしっかり確認して、教室に戻ることにした。

 すると、それとほぼ同時に……。


「あ、決着したのか」


 女子生徒の『えー!?』という声。

 それと、男子生徒の歓喜の声が聞こえた。

 つまるところは、そういう結果だったのだろう。俺はそれならと、ミレイが戻ってくるのを待った。そして、人波が流れるのを待つこと数分。


「お疲れ、ミレイ」

「あ、ミコトくん!」


 彼女が戻ってきた。

 念のために、俺はこう訊ねる。


「で、どうしたの?」――と。


 すると、彼女はこう答えた。


「えっと、お断りしました……」


 それを聞いて、俺は少しだけ胸を撫で下ろす。

 だけどそれ以上は特に気にすることなく、こう言うのだった。


「それじゃ、教室に戻ろうか」

「はい、そうですね!」


 俺の言葉に、柔らかく微笑むミレイ。

 穏やかなその表情に、こちらもまた自然と微笑むのだった。


 日常の一幕。

 それは何てことなく、過ぎ去っていくのだった。


 

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