5.提案。






「闇医者、って……日本にもいるんだな」


 傷口が熱を持っているためか、やけにボンヤリする思考。

 そんな中で俺は、いまや下らない物事への感動を覚えていた。こんなのゲームとかの中でしか見たことがない、医師免許を持たない暗部の医者。

 そのもとへ担ぎ込まれた俺は、患部に包帯を巻かれていた。

 幸いに弾は貫通してくれていたらしく、大きな手術は必要ない、とのこと。


「お兄ちゃん……」

「海晴。うなされてるな……」


 ベッドに腰かけた俺は、そこで眠る妹を見た。

 海晴はあの後、意識を失ったのだ。相当に緊張していたのか、あるいは兄を撃ったことがそこまでショックだったのか。理由は定かではないが。

 とにかく、結果的に妹を殺人犯にしなくてよかった。

 勝手な憶測ではあるが、海晴の撃った弾はミレイに向かうはずだったのだろう。


「とりあえずは、良かった――か」

「良くないでしょう。なにを感慨に耽っているのかしら?」


 そう言うと、ツッコみを入れられた。

 声の主は――ダース。


「いや、良かったというか。誰も傷つかなかったわけだし……」


 出入口に腕組みして立つ彼の言葉に、俺は苦笑いをしてそう答えた。

 ダースはアレンの連絡ですぐにあの場に駆けつけたのだ。そして今、こうやって俺たちの護衛をしてくれている。殺風景なコンクリ部屋にオネェ。

 なかなかにシュールな光景だったが、それは置いておくとしよう。


「誰も傷つかなかった、ね……ミコトちゃん。貴方はお馬鹿さん?」


 俺の返答にやや苛立った様子でダースは言った。

 それはこちらを心配してなのか、あるいは以前の忠告を受け入れなかったことへの憤りなのか。もしくは、その両方である可能性もあった。

 とにもかくにも、この後に雷が落ちてくるのは予想がつく。

 そう思っていたのだが……。


「……はぁ。もういいわ」


 だが、存外にあっさりとした反応だった。

 彼はそう言うと、おもむろにこちらへやってくる。


「お嬢様を守ってくれたナイト様ですからね。感謝しないと……」

「ナイト様って、大げさな」


 そして、俺の肩に手を置いてそう口にした。

 思わず謙遜の言葉が出たが、ダースはゆっくりと首を左右に振る。


「そんなことないわよ? 現にミコトちゃんがいなかったら、お嬢様は亡くなっていたわ。妹さんを巻き込んでしまったのは残念、というところだけど……」


 彼は海晴に慈愛の眼差しを向けた。


「私たちの反抗勢力に脅されただけで済んだのは、不幸中の幸いね」

「不幸中の幸い……?」


 俺はその言葉に首を傾げる。

 すると、ダースは大きく頷いて言った。


「えぇ、そうよ。『イ・リーガル』の鉄則は、目撃者や駒は殺すこと。放置しておいては足がついてしまうから、ね」

「………………」


 そこには、やはり俺たちとは感覚の違いがある。

 一般人である俺と海晴には、まずない考えだと思えた。いいや、考えは分かる。しかし、それを平然と言ってのける辺りが、裏社会の人間たる所以か。

 俺は一つ息を呑んでから、それでもどうにか気持ちを落ち着けた。

 ここまできたら、引き下がれないのだから。


「それで、ミレイは……?」

「お嬢様はいま、アレンと一緒に本部へと報告を行っているわ。ボスも今回の一件を無視はできないでしょうし、何より貴方たちのことをどうするかを考えないと」

「海晴は、巻き込まれただけだ。何も悪くはない……!」


 俺は思わず声を荒らげた。

 すると、ダースは口元に人差し指を当ててウィンク。そして、


「それは心配しなくていいわ。ミレイお嬢様が取り計らってくれると思うから――ただ、一番の問題は貴方なの。ミコトちゃん?」


 そう話した。


「え、俺……?」


 俺は彼の言葉に首を傾げ、訊き返す。

 ダースはふっと、そこからは真剣な表情になって続けるのだった。


「ミコトちゃんは、今回の問題に深く踏み込み過ぎた。そして何よりも『イ・リーガル』の内情も知ってしまった。先日程度のことなら揉み消せたかもだけど、こうやって巻き込まれた以上は――私たちも放置するわけにはいかないの」

「それって、つまり……」


 ――俺はもしかしたら、消されるかもしれない、ってことか。

 そう口にしかけて、やめた。代わりに大きく息をついて、呼吸を整える。


「あら、取り乱さないのね?」

「大丈夫。ある意味で覚悟してたことだから」

「ふーん、なるほどね。肝が据わってるというか、意思が固いのかしら」


 ダースはくすりと笑って、だがすぐに表情を引き締めた。

 その時だ。ドアをノックする者があったのは。


「入るぞ」


 短くそう言って、ドアを開けたのはアレン。

 彼の後ろにはミレイがいた。彼女は、俺を見ると――。



「ミコトくん……っ!」

「おわっ!?」



 一直線に、抱き付いてきた。

 ふわりと女の子の香りがして、気が緩んでしまう。

 しかしすぐに気付く。ミレイは、


「泣いてるのか? ミレイ」

「だって、ミコトくん! 私、どうしたら良いのかって……!」


 泣いていた。

 その顔は見えなかったが、たしかに泣いていた。

 俺はそんな、マフィアの娘とは思えない、優しい彼女の背を軽く叩く。


「安心して。俺は死なないから、絶対に」

「そんなの、分からないですよ……!」

「約束するから、絶対だ」


 ゆっくりとミレイの身体を押し返し、そのくしゃくしゃの顔を見て笑った。

 大粒の涙を流す彼女に、俺は誓うのだった。


「大丈夫。俺はそんな簡単にはくたばらないから!」


 根拠はない。

 だけれども、不思議とそう口にできた。

 なにか特別なものに後押しされるように、俺はそう約束をする。


「友達の言うことは、信じる! ――だろ?」

「ミコトくん……」


 呆然とするミレイに、俺はそう言った。

 すると、そこで……。



「いい雰囲気のところ申し訳ないが、ミコト――話がある」



 アレンの声があった。

 彼はこちらを見て、真剣な表情を浮かべる。


「あぁ、話……ね。俺はどうなるんだ?」

「その顔を見るに、ある程度の覚悟は出来ているらしいな」


 俺が答えると、彼は仏頂面に薄く笑みを作った。

 そして、こう口にする。それは俺の今後について……。



「ミコト、お前は我々のことを深く知りすぎた。それは本来、許されないイレギュラーだ。そのためボスと意見を交換し、その処遇を決めた」

「………………あぁ」



 俺は頷く。

 殺されるか、監禁されるか。

 どちらか、そう思われた。だが、


「ミコト、お前はこれから――」



 アレンの口にしたそれは、あまりに想定外の言葉だった。





「我々『イ・リーガル』のファミリーとなってもらう」



 

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