2.デートの終わりに。





 赤羽と行動を共にしていると分かったのは、彼女の寿命はとても簡単に変化する、ということだった。例えば母親とはぐれて泣いている子供に話しかけたら、数分だけだったがそれが伸びたりする。しかし何かの拍子に笑うと、直後にはその数分を大幅に超える時間が削れていた。


 とても容易く運命が、特に悪い方へ変わる女の子。

 赤羽ミレイは、そういう意味では幸薄い少女なのだとそう言えた。


「………………」


 美人薄命、とは言うけれども。

 これはあまりに可哀想だと、そう思われた。

 同情なのかもしれない。しかし、俺は間違いなく赤羽に惚れていた。一目見た瞬間から、この子は俺にとっての天使なのだと、そう確信したのだ。

 だとしたら、彼女を守ろうとすることに理由なんて要らなかった。


「……坂上くん?」

「え、あ……ごめん。少し、ぼーっとしてた」


 そんな決意を改めて固めていると、少女がこちらの顔を覗きこんできた。

 俺はほんの少し驚くけど、さっきまでの緊張はない。


「なんの話、だったかな? 赤羽さん」


 ベンチに腰をかけた俺たち。

 右隣に座る赤羽に、そう訊き返した。


「坂上くんの、ご家族のお話ですよ?」

「あぁ、そっか。そうだったね」


 すると返ってきたのは、そんな言葉。

 彼女はまた、くすりと笑ってから興味深そうにこちらを見た。


「……でも、こんな話しても楽しくなくない? 大丈夫なのかな」


 俺は幸せそうな赤羽の反応に、変な不安を覚える。

 だから、そう問いかけた。


「そんなこと、ないです……。ご両親がいて、妹さんがいて。4人で幸せな暮らしをして、それで毎日が平凡に過ぎていくなんて。素晴らしいに決まってます」

「赤羽さん……?」


 すると、彼女はやや悲しげな表情を浮かべてそう口にする。

 俺が首を傾げると自分の声色に気付いたのか、赤羽は慌ててこう続けた。


「あ……! い、いえ。私のお父さんは、毎日お仕事で出かけてますし。お母さんは――私が産まれた時に亡くなってしまったので、いいなぁ……って」


 うつむき加減になって。

 そんな、悲しい境遇を微笑みながら語るのだった。


「転校ばかりで、友達も少ないですし。だから、坂上くんに誘っていただいて……とても嬉しかったです」

「赤羽、さん……」


 最後に、赤羽は自嘲気味に笑った。

 コロコロと変わるその表情も、すべてが悲しい変化ばかり。

 俺はそんな彼女の顔を見て、話を聞いて、拳を強く握りしめた。そして、


「だったら、この街でたくさん友達を作ると良いよ! 俺の家に飯を食いにきても良いし、今まで大変だった分だけ楽しんで暮らしていこう!!」


 そう、自然とその小さな手を取って口にしていた。

 これは一目惚れなんかではない。そんな、一時の感情ではなかった。

 俺はいま、この女の子の力になりたい、幸せにしてあげたいと心から思っていた。だから、真っすぐに蒼色のその瞳を見つめる。


「坂上、くん……」

「もう水臭いよ! 俺らはもう友達だ! 下の名前でいいよ、ミレイ!」


 ニッと笑って、そう言うと彼女は声を震わせて言った。



「……ありがとう。ミコト、くん」



 柔らかく、そして優しく。

 俺が好きになったその笑みを、もう一度見せてくれたのだった。



◆◇◆



 そして、その時がやってきた。

 彼女の寿命が尽きる、その間近だ。

 俺はあえて、彼女を近くの空き地へと誘った。


「どう? 昔はここで親父とキャッチボールとかしたんだよ」

「そうなんですね……」


 そんな雑談を交えながら、俺は周囲に注意を払う。

 見晴らしが良いこの場所なら、と。そう考えたのだった。

 車が突っ込んでくるか? それとも、もっと他のなにかか? ――少なくとも、これだけ分かりやすい場所にいれば対応できるはず。


「風が気持ちいいですね……」

「あぁ、そう――」


 そして、不意にミレイが髪を撫でてそう言った。

 その時だ。異変に気付いたのは。






「――――――――!?」






 その瞬間に、俺は彼女を突き飛ばした。

 突然のことに、抵抗することもできずに地面に転がったミレイ。



 短い悲鳴。

 でも、そんなものよりも……。



 チュインッ!



 目の前を、鋭い風切り音と共に通り過ぎていったなにか。

 それに俺は慄いていた。


「う、そ……だろ? はは……」



 見えたのだ。

 ミレイの額に、赤いレーザーの点が。

 その直後のこと。つまり、今のは――。




「馬鹿じゃねぇの? ここ、日本だぜ……?」




 ――間違いなく、銃撃だった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る