3.赤羽ミレイという女の子。





 赤羽ミレイの寿命は延長された。

 先ほどの一件のことは謝罪していま、帰り道を歩いている。

 突然に突き飛ばしたことで怒られたり、あるいは嫌われることも考えた。それでも、ミレイは苦笑いを浮かべて――。


「大丈夫だよ。……よくあるから」


 そう口にした。

 よくある、というのはどういうことか。

 確実に言えるのは、それというのは俺が彼女を突き飛ばしたことではない、ということだった。ミレイは自分が狙撃されたこと理解している。

 そして、それを「よくある」と、そう表現した。


「ミレイ、あのさ……?」

「どう、しました。ミコトくん」

「あー、いや。やっぱりなんでもない」


 俺はその違和感を訊こうとして、踏み止まる。

 それを訊かれると察知したのだろうミレイの肩が、大きく弾んだのだ。それはつまり、彼女自身そのことを訊かれることを、その先に踏み込まれることを恐れている。その証拠に他ならなかった。


「…………」

「…………」


 だから、互いに無言の時間が続く。

 そしてそれは、永遠に続くようにも思われた。その時だ。




「お嬢様ぁん! 申し訳ございませんでしたぁん!」




 …………ん?

 なんだろうか、空気をぶち壊す男性の声が聞こえた。

 しな垂れかかるような、背筋が凍る声色。それが、後方から……。


「……うわぁ」


 自然とそんな声が漏れた。

 内股で走り寄ってきたのは、声の主に相違ないように思われる。

 屈強な2メートル以上はありそうな身体を黒服に包み、サングラスをかけていた。二つに割れた顎に、突き出された分厚い唇。そして、腋をキュッと締めている。そんな感じで両手を上げながら、彼はこちらへとやってきた。


「……ダース」

「やっぱり、知り合いなんだ……」


 その男性――ダースの名を口にしたミレイに、俺はがっくりと肩を落とす。

 出来れば関わりたくはなかったが、関係者なら仕方ない。

 俺は小さく会釈をしてみせた。すると、


「あらぁ? 礼儀正しい、可愛い子じゃない。わたし、興奮しちゃう!」

「その反応、手順を数段飛ばしてませんか?」


 そんなことを言うので、俺は初対面にもかかわらず冷めた声でツッコむ。

 ダースはそれを受けてくすりと笑った。しかし突然、


「それよりもぅ、お嬢様――申し訳ございませんでしたぁ!」


 ミレイに向かって、深々と頭を下げる。

 そこには先ほどまでのふざけた色などなくて、心からのそれがあった。

 どういう意味なのかは分からなかったが、俺はひとまずミレイの反応を待つことにする。すると彼女は柔らかく微笑んで、髪を撫でながら答えた。


「……大丈夫です。ミコトくんが、守ってくれましたから」


 そう、少しだけ悲しげに。

 俺はそんなミレイに、かける言葉を持たなかった。

 それに反応したのはダースという男性。彼は俺を見ると、こう口にした。


「小さな英雄さん? この度は、うちのお姫様を守ってくれてありがとう」

「は、はぁ……。どういたしまして……?」

「だけど――」


 そして、声色を変えて続ける。





「ミコトちゃん? 貴方はもう、関わらない方が良いわ」――と。





◆◇◆



 俺はダースと二人きりで話をすることにした。

 さっきのことがあったが、ミレイの寿命は大丈夫そうだ。そのため心苦しいが、ここは状況把握のために離れた方が良い。

 どうやらこの話をするのは、ミレイが嫌がる様子だったから。


「それで、どういうことなんですか?」


 それでも視界に入る位置に彼女を置いて、俺は突然現れた男性に訊ねた。

 彼は少し考えると、こう訊き返す。


「むしろ、ミコトちゃんがどこまで知っているか。それが知りたいわ」

「なにも……。俺はあくまで、ミレイの友達なだけです」

「友達……、ね」


 なんだろう。俺の返答に、ダースの瞳が潤んだ気がした。

 だがすぐに気を引き締めると、彼はこう言う。


「お友達なら、もっと距離を置いた方が良いわ。命が惜しければ……」

「命が、惜しい――だって?」


 それに、俺は眉をひそめた。

 ハッキリとしない、大事なところを隠されている。そう思えた。

 だから、ダースの目を真っすぐ見つめてこう告げる。


「もう、はっきり言って下さい。ミレイは――」


 それは、決定的なこと。



「彼女は、何者なんですか……?」



 その問いかけに、相手は鋭い眼差しでこう返した。


「ミレイお嬢様は――」


 事実だと、それに込めて。





「フランスのマフィア――『イ・リーガル』のご令嬢よ」


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