第10話 ノアさんクルルメイラとは

 私は夢を見ているの?

 懐かしい…私の邸の庭。

 ああ、小さな頃の私だわ。

 いつものように私は好奇心旺盛に庭を散歩していた。


 今日は蟻を捕まえて瓶に詰めてどのように巣穴を作るのか観察するつもりだ。しかし大きい蟻を2~10匹は捕まえる気でいた。だって小さい蟻だと力尽きてしまうかもしれない!


 だから大きな蟻を探してウロウロしていた。いつの間にか池の辺りに来てしまったらしくポチャンと何か光るものが沈んだ。


「あっ…」

 と声がした。


 そこで私は知らない銀髪の蒼い瞳の美少年が哀しそうな顔で沈んでいく物を見ていた。


「何してんの?」


「わっ!!」

 驚いた少年が振り返り私を見た。


「あ、あ…君…、いえ…このお屋敷のお嬢様ですか?」


「そうだよ?貴方は?何してるの?」


「…ちょっと…この辺りに用がある親戚に着いてきたんです…勝手にお庭に入ってごめんなさい。外から綺麗な池が見えて…見てみたくて。僕…、いえ私は…ノアと言います」

 とボソボソ言う少年。


「何をしてたの?」


「………ペンダントを捨てたんです…す、すみません…人の家の池に…」


「…ペンダント?何で?」


「持ってても辛くて…僕のお父様もお母様も死んじゃったし…見ていると辛くて…」


「形見を人の家の池に捨てたの?」


「知らない人の家なら取りに行くこともないだろうし…」


「だからってね…」

 と私は体操して上着を脱いだ。


「!?な、何を?」


「ちょっと拾ってくるわ!ペンダント!」


「ええ!?ちょっ…」

 と私はドボンと池に飛び込んだ。

 水中にキラリと光るものがある。あれだ!


 しかしながら何かに引っかかって中々取れない!!すると水中でペンダントの鎖が切れて石の部分が底に落ちた。私は追いかけて何とか掴んだが息が苦しくなってくる。げぇ、死ぬ…。そこでドボンと音が聞こえた。


 さっきの美少年がやってくるのが見えて私は意識を失った。彼は気絶した私を抱えて上に上がり、必死に人工呼吸で助け始めた。

 ようやく水を吐いたがぐったりしているのを見て人を呼びに行った。


 程なくして使用人達が集まり


「お嬢様!!ヴィオラお嬢様!!」

 と大騒ぎになり、少年はその隙に逃げ出した。

 時折心配そうに振り返ったけど。


 *


 そうか…あれがノアさんか…。

 と私は目を覚ました。きっと私の微弱な魔力が夢であの時のことを再現してくれたんだろう…。


 …………。

 勇しく取ってくるわ!任せな!とばかりに池に飛び込んだのに逆に死にかけて助けられる無様な私…。何してんだ!?

 と過去の自分を責めたくなった。


 過去を嘆いていると侍女の竜人族の少女がやってきた。ああ…朝食の時間?もうだいぶ慣れたけど最悪だった。


「メルル…トウゴンダールル」


「おはようございます」

 明日で5日目?王子は忙しいのかあまり顔は出さないけどたまに顔を出してはいつも


「クルルメイラ」

 と私を見て言う。意味は知らないがあんまりその単語ばかり言うから黙れこのクルクルパーが!!と言いたくなる。


 その単語は覚えたが意味は判らない。

 はぁっとため息がついて、侍女にノアさんがどこにいるか聞いてみる。


「ねえ、…貴方…ノアさんどこ?」

 でも通じないよね?

 ならこれはどうだ?


「ノア…クルルメイラ!!」

 と言うと、侍女は驚いてハッとした。


 よしっ!もう一回!


「ノア!クルルメイラ!!」

 侍女はおろおろしだした。これは何かあるな!

 私はウルウルしながら


「ノア…クルルメイラ…ノア…クルルメイラ…」

 と哀しそうな顔で言うと、侍女の少女が口を押さえてグスっ…と言った。泣いてる!?何で!?


 そしていきなり侍女はガシっと私を掴んでコクリとうなづいて…なんと枷の鍵を外して手招きした。用心深く通路を見て


「アンダルシシーメイルル」

 と言いながら私の手を繋ぎ、柱に隠れながら移動を始めた。これは…もしや…ノアさんのとこに案内か?


 しばらくすると重厚な地下への階段の蓋を開き階段を灯りを持って降りた。影から手で制す侍女の少女は


「マルミ…コルラルクヒル…」

 と言うと、扉の前にいる兵士みたいな竜人族にご飯を届けてその人が食事にありついてしばらくすると寝てしまった!!

 眠り薬??

 少女は鍵を奪い取って


「キルラ…」

 と手招きしたので私はそちらに向かい少女が鍵を開けると中から声がした。


「ハイネク!ルルメドルァ!!」

 ビシッと鞭みたいな音が響いた。


 奥で壁に縫い付けられた美形執事がシャツをはだけさけ色気を出しながら鞭で打たれると言う拷問を受けていた。


「魔力制御で声何言ってるか解りませんよ」

 とノアさんが口の端から血を流してぶっと拷問官に唾を吐くとビシっとまた打たれた!


「エイラエイラ!!」

 と言いながら叫ぶ拷問官。それにそっと侍女が近寄り大きなハンマーみたいなので後ろからグワン!と拷問官を気絶させた!そして拷問官から手枷の鍵を奪い取る。


「ノアさん!」

 と私は駆け寄った。

 ノアさんはボロボロになりつつも


「お、お嬢様?ま…幻か?」

 と言うからバチンと平手打ちして


「私よ!実体よ!」

 と言うと枷がようやく外れたノアさんが抱きついた。


「お嬢様!!ああ!夢ではないのですね!?」


 ちょっと!!な、何してんのよ!恥ずかしい!人が見てるのに!いや見てなくても触るなってば!


「エルルメイ…ノア…クルルメイラ…トルルゲル」

 と侍女が言い、ノアさんが目を見開く。


「そうですか…たぶんお嬢様は意味は判らずに使ったのですね…」

 と1人で納得しているから訳が判らないわ。


「何なの?クルルメイラって何なの?」


「ここを出れたら教えて差し上げますよ!とにかく出ましょう!私に捕まって!………シルミドウルルメ」

 とノアさんが侍女にお礼を言ったように頭を下げた。侍女は手を振った。


 床がいつものように光り私とノアさんは転移した。すると見慣れた小屋が現れて白い毛玉が走ってきた!


「ご主人!!!」


「ミラ!!」

 今度こそ感動の再会と腕を伸ばしてやると


「遅いにゃ!お腹減ったにゃ!置いてった餌が3日で無くなったにゃ!早くご飯欲しいにゃ!」

 と私より飯の心配していた!!

 くっ!所詮猫畜生だわ!


「お嬢様…ここはもうあの竜人族にバレているので移動しますね」

 とノアさんはなんと小屋ごとどこかに転移をした!!


 なんつう魔力だ!!

 そして移動した先は豪雪地帯では無く人のいない山奥のようだった。窓に顔だけくっつけてると外に白い花が咲いているのが見えた!!

 おおー!白しかない世界だったのに!花だ!!

 おい、誰だよ?花なんか見てたら飽きるとか言ってたのー!


 私だ!!

 すいませんんんん!


「うわあ花だわ!お花!!」

 と言うと…


「外を歩きますか?」


「えっ!?…な、何で!?い、いいの?に、逃げるかもよ?」

 これは逃亡のチャンス?今までは豪雪地帯で逃げられなかったけど。


「ええまぁ…この辺りは温暖ですけど獰猛な熊も潜んでそうですが、私が側にいれば大丈夫ですよ?お花を存分に見てください。お嬢様…。私が警備しておきます」

 とあくまでも脅すのね?

 熊とか早々遭遇しないわよ!


 しかし結局ミラを抱き上げてノアさんは後ろに着いててもらい花を摘んだりした。

 別に怖くないんだから!!万一熊が出たらミラを囮にしてもいいし!


「なんか良からぬこと企んでないかにゃ?」


「そんなことないわー!ほほほ!」

 ギクリとして花を摘む。


「もう嫌にゃ!先に家に入るにゃ!熊に食われたくないにゃ!」

 とミラは小屋の方に戻った。

 ノアさんは魔法でミラを小屋に入れてやった。


 ノアさんは後ろからボソリと言った。


「お嬢様…クルルメイラとは…『愛しています。貴方と結婚したい』と言う意味ですよ…」

 と言って持っていた花がバサバサ落ちた。


「えっ!?そ、そうなの?し、知らなかったわ…」

 震えて花を拾う。たぶん顔は真っ赤だろう。


「判ってますよ?意味が判らず適当に覚えた単語を使ったんでしょう?でも、偶然でもあの侍女が勘違いしなければ私は明日か明後日には死んでいたでしょうね…」


「ノアさん…」


「うっ…」


「あっ!ノアさん!?そ、そう言えば貴方鞭で打たれてたわね!!」

 酷いことするわ!!シャツがまだはだけたまま、真っ赤な跡に血が滲んでいる!


「とにかく戻りましょう!ごめんね!手当てしましょう!」

 するとノアさんは私をギュウと抱きしめた!!

 ひっひいいいい!!


「す、すみません、少しだけこのままで…もうお嬢様と会えなくなるかなって思いました…」


 胸がドキドキしてきた。

 いやいや怪我してるのに!!傷に障る!

 抱きしめてる場合じゃないわよ貴方!!

 それにこう言うのは家族や恋人とかがやるものよ!!


 と言いたいのに何故か言えなかった…。

 だって…ノアさんが…泣いている…から…。


「お嬢様は…何もされていなかったですか?あの色情魔に手を出されませんでしたか?」


 色情魔って…。


「出されてないわ…。やはり言葉が通じないしね。たまに顔を見せて鎖で犬みたいに地下都市を歩いたけど…」


「やはり戻って破壊尽くしてきます!!」


「やめてよ!希少種なんでしょ!?静かに暮らさせてあげてよ」


「なんと慈悲深いお嬢様!」


「貴方の発言は魔王よ…。やめてよ。ほんと…ふふふっ」

 と私はつい笑ってしまう。

 ノアさんはそれを見て赤くなった。


「すっ…すみません、いつまでも!さあ、戻りましょう…」

 と私達は小屋に戻る。もちろんまた結界は張られた。まーたここで監禁生活ねー。

 まぁここのが居心地はいいと知ったし、もうカエルとか蛇とかヤモリとか食わなくていいのよね。

 私はノアさんに汚い包帯の巻き方をして…あっ!と思った。


「ノアさん…貴方…あれ、やっぱり食べた?」


「?あれとは?私は投獄され、水しか与えられなかったので…」


「ええ!?な、なんてことなの!、貴方、それじゃ何も食べてないの??」


「ええ…これから何か作りますね」

 とふらりとするから思わず支えて


「キッチンで倒れられたら困るから手伝う!」


「でもお嬢様…」


「邪魔にならないようにする!」

 と言うとようやくノアさんは照れながらも手伝うの許してくれた。

 …その後皿を5枚割った。



 *

「ノアさん沢山食べるのよ?」

 とテーブルに並べた料理をいかにも私が作ったように言うが、作ったのはノアさんである。


「は、はい…こうしてお嬢様とお食事がまたできて幸せです…」


「ええ…私もすっごく幸せよ!」

 あんなヤモリとかカエルとか蛇とかじゃないまともな食事!!万歳!!


「えっ!!?」

 とノアさんは驚いて赤くなる。


「何??」


「い、いえ…別に…」


「ご主人…従者が勘違いしてるみたいにゃ?誘拐先で何を食べたにゃ?」

 とミラが言う。


「んえ!?そういうことでしたか?え?お嬢様はどんな食事を?」


「いや…別に今言うことでも…とにかくヤバイやつよ…」


「なんですか!?ヤバイものって!?身体に何か異常は?病気になってませんか!?」


「な、なってないわよ!ただちょっと…あの竜人種の食文化にはついていけないから絶対にあの美少年で中身オッサンな奴とは私結婚はできないわ!」

 と言うとノアさんはふっと笑い


「それは良かったです!」

 と言う。結局の所カエルとかを食べたなんて言ったら絶対に引かれるから言わなかった。これは墓場まで持っていくわ!

 別に変態執事にまで秘密にしなくても良くない?

 いや…でも最近そんな変態らしさは見ないし…。そろそろ変態を取ってあげてもいいんじゃないの?


 と思ってると、


「とっても綺麗な子だと思ったんです。この世界では黒髪は忌み嫌われる所もあるのに全く気にしないでそして見ず知らずの私の捨てたペンダントを拾いにまさか池に潜るなんて…思いもしなかったです。普通の令嬢は絶対にしないことをして…。あの時中々浮かんでこないから私は酷く落ち着かなくすぐに助けに潜りました。お嬢様はしっかりと形見の石を持っていました」


 ノアさんはマジックポケットをゴソゴソしてテーブルに置いた。


「あ…これ…」

 そこにはあの時のペンダントに着いていた石が置いてある。


「拾っていただきありがとうございました…。本当は投げ捨てた後…後悔しました。とても。思い出すと辛いから…」


「なら私は余計なことをしたかしら?」


「いいえ…もしあのままお嬢様が飛び込まずそのまま私が消えていたら…きっと私はこんなにもお嬢様を愛さなかったでしょう。貴方のその行動力や勇気に強く惹かれたんです。あの日からお嬢様は無事かとウロウロしたり絵を描いたり…自分でもどうかしてるくらいの執着になりました…。お嬢様がこれを取り戻してくれた。忘れるなと…。


 いつか恩を返そうと思っていたのにいつからかお嬢様を観察するのが嬉しくて楽しくて幸せで毎日一つずつお嬢様のことを知れてそれが私の生きる全てになったんです」


 いや、影からコソコソ除いてたことをいい思い出風に言われても犯罪であるから!!変態であるから!!


「これ…お嬢様に差し上げます…」


「えっ!?何言ってるの?大切なものでしょう?」


「大切なものを大切な人に持っていて欲しいのです!…お休みが取れて旅行が終わればお嬢様を解放しますので…」


「………。もしこれを貰っても私がゴミに出したらどうするのよ?」


「ふふふ、それでもいいのです…」

 とノアさんは笑いご馳走様と後片付けをした。

 それから疲れましたと部屋へ戻った。


「ご主人…顔がニヤケているにゃ?」


「そんなこと…ないわよ!!」

 と私は蒼いノアさんの瞳みたいな石を掲げた。

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