第15話 今代勇者の秘密(ティター視点)

信じられないものを見ている気がする。

いや、気のせいでなく信じられない。

そもそも見えていないのだから、信じることも難しい。

だが、見えなくとも結果だけはわかる。


魔法士の少年とトリンが沼地に雷撃を落とす。そこにリザードマンがいれば飛び上がる。空中に飛び上がったリザードマンはそのまま頭を潰されてまた沼地に落下する。

二体だろうが五体だろうが、たとえ十体以上いたところで同じ結果だ。飛び上がって頭を潰されて落下するだけ。相手が雷を帯びていようがいまいが関係なく同じ結果になる。

痙攣している様子から、死んだと判断できる。頭を潰されて生きている生物の方が稀だろうが。


リザードマンってこんなにアッサリと退治できるものだった?

いやいや、さっきまで一体倒すのにどれだけ彼が苦労していたと思ってるんだ。

だんだん頭がおかしくなってきた。


「なんだ、ありゃ。夢でも見てんのか?」


カイデ街道の脇から沼地を眺めていたミッドイが茫然とつぶやいた。

彼は沼地の中に落とされたらしく、ティターが駆けつけたときには、もがくように岸辺に向かっているところだった。

肩と足をリザードマンに齧られながら。トリンがなんとか魔法で援護していたから辛うじて助かったのだ。


それをアッサリと片付けたのも少女だ。

新しい今代勇者である。


ミッドイを聖魔法で治療しながら、リザードマンを眺めていたので、視線を彼に戻した。


「あの子の姿が見えるの?」

「うっすらとだが…ひたすら拳で頭だけ狙ってる。速さが尋常じゃないから大砲よりも強力な力を至近距離で受けてるようなもんだ」

「なにそれ…」


果たしてそれは人間なのか。


「歴代最強の名は返上だなぁ」

「勘弁してくださいよ。こんな問題児ばっかり集まるパーティが歴代最強だなんて、泣きたくなってくる」

「いや、あれを見て返上しないほど俺は馬鹿じゃないぞ」


カテバルが横で項垂れているが、ミッドイは嫌そうに顔を歪めた。

確かにあんな非常識な力を見せつけられて、歴代最強でないなんて誰も信じないだろう。


「問題児って、少し無愛想ってこと? あの年頃の女の子なら知らない人といきなり打ち解けたりしないでしょ?」

「それなら可愛いもんですけど。なんか異常に兄貴が好きらしくて」

「お兄ちゃん?」


それの何が問題なのだろうか。

兄妹仲が良くて羨ましい。


ティターは早々に聖華教に入って聖乙女として活動しているので家族との縁が薄い。俗世と縁を切らなければ聖華教には入れないのだ。つまり家族との縁を切ったことになる。


「姉の夫が彼女を養育してるんですよ。だからまあ義理の兄なんですけど…」

「なに、姉妹で恋のバトルなの?!」


泥沼の恋愛劇を鑑賞するのが好きだ。特に姉妹で一人の男を争うのは大好物になる。思わずテンションが上がるが、カテバルは力なく首を振った。


「姉は行方不明らしいです。失踪届けが出されてますんで。だから義理の兄妹で二人で暮らしてたようですね。仲はいいんでしょう。見たところ、善良そうだし確かに義妹をとても心配してる。兄貴の方はたぶん問題ないんですよ。俺にもまだ状況がよくわかりませんし、あの勇者は説明する気がない。だけど多分、兄貴の前ではあの勇者は大人しいんです」

「え?」


大人しいと表現した言葉が、随分と控えめだったとティターが知るのはもう少し後のことになる。


「あーいたいた。カテバル=ポトリングさん!」


場違いなのんびりとした声がその場に響いた。

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