第16話 先代勇者の秘密

「お義兄さん?! なんでこんなところに?」


勢い良く振り返ったカテバルが、頓狂な声で尋ねてくる。首がもげそうなほどの勢いに、アインラハトは苦笑するしかない。

きっと、義妹可愛さにこんなところまでついてくる過保護さに驚かれているのだろう。

だが、自分にも譲れないものがある。

たとえ仕事といえども、だ。


「いやあ、ミーニャまだ朝ご飯食べてないんだよね。朝ご飯は一日の活力源だし。あいつ朝食べないとぐずるんだよ。だから、お弁当作ってきた。あ、一応他の人も食べれるようにたくさん持ってきたから」

「弁当?!」

「おい、この一般人は誰だ。なんだってこんなところにノコノコ入ってきてんだ。街道は今、閉鎖されてるんじゃないのか」


カテバルの隣に座り込んでいた男が、睨んでくる。もともと目付きが悪いようで、普通にしていても怒っているように見える。

男の横には聖華教の衣服を纏った女が、聖魔法で回復していた。相当に深い傷を負ったようで肩からはまだ裂けた肉と骨が見えている。傷の形から噛まれて喰いちぎられたのだとわかる。泥ですっかりわからなくなってはいるが、彼の服が大量の血を吸っていることは容易に想像がついた。

顔色も悪い。


いつから治療しているのかは定かではないが、聖魔法の効きめが薄い気がする。女の力量というよりは、男に問題があるように思えた。


「ああ、なんだ。あんたも魔力失調症か」

「な、なんだと?!」


男がひどく慌てている横でカテバルが首を傾げている。


「彼は先代勇者の魔法剣士ですよ? 魔力失調症だなんて馬鹿な…」

「先代勇者だろうがなんだろうが、魔力失調症にはなるさ。原因がわからないんだから。むしろこんな状態でよく戦えたよ。先代勇者が不調だなんて話、どこからも聞かなかったけど、頑張ったんだな」


魔力失調症の辛さはなってみないとわからない。普段当たり前にできていたことが、ある日突然できなくなるのだ。

しかもなぜできないのか全くわからない。有効な治療法もなく、元に戻ることもない。

手と言わず体中から魔力が溢れていく感覚はなんとも表現しづらいが、喪失感は生々しく感じるのだ。

だが気持ち一つままならない。


アインラハトも最初の一年はなんとか治療しようと足掻いた。だが結局、何をしても治らないのだと悟った。

そこからは体の調子を整えることに専念した。


「ほら、ひとまずこれ飲め。俺の店でも扱っているから安心安全だぞ。体の魔力を整えることは難しいが、外から入ってくる魔力の流れを効率的にするんだ。聖魔法での回復が格段に速くなるから」

「お義兄さんって、道具屋じゃなかったですか?」

「道具屋が薬売っちゃいけないなんて法律はないだろう。だいたい道具っていってもいろんなものをおいているよ。これもその一つだ。関連商品ってやつだね」

「関連商品……」

「あんた、なんで見抜けたんだ。今まで誤魔化しながらやってきたんだ。誰にも言われたことはない」


薬をしぶしぶ受け取りながら男が憮然とした面持ちでアインラハトを見つめた。

指摘されてあっさりと認める。別に隠し立てすることでもない。


「俺も同じだからね。気持ちはわかるよ」





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