襲撃される王女
「はぁ…………」
重苦しい溜息を馬車の中でついたのは一人の少女だった。
フィルファーレ・アルドノヴァ。
王国アルドノヴァの第二王女である。
王国の王女である彼女はそれでも王女らしからぬ恰好をしていた。勝ち気な印象を与えるポニーテールの髪型。半身を纏う程のあくまでも機動性を損なわない程度の防御力を得たライトアーマー。そして腰には帯剣をしている。
だが、フィルは間違いなくこの国の王女である。こうした移動も王国の政治関連で移動していたに過ぎない。他国に対する外交政策の一環として、移動をしていたのだ。
無論、外交の際はもっとちゃんとした恰好着ていた。それはもう煌びやかドレスを着て、それに見合うように精一杯の作り笑顔を作り、尚且つ作り笑顔である事を相手に悟られないように細心の注意を払った。
だが、当然のようにそういった恰好は本意ではない為、外交事が終わったら速攻で今の服に着替えた。理由のひとつは動きやすいからである。機動性を重視したライトアーマーは鎧とは思えない程軽く通気性が高い。だから身につけていても苦にならない。ちなみに下はスカートを模したショートパンツであり、動き回ってもパンツは見えない。残念でした(何が?という感じではある)。
有事の時にすぐに動き出せるという寸法でもある。
そういうわけで彼女は正確柄、姫ではあるが、この恰好を愛好をしていた。
「……何者だ! すぐに道を開けろ!」
なにかしら、という感じでフィルは馬車の窓から前方を見やる。
すると、馬車を塞ぐように盗賊風の男達が数名見えた。それも四方を囲むような手筈で。
当然のように警備係の兵士は何人か待機させている。
だが、妙だった。盗賊ならもっとおいしそうな獲物を襲うのではないか。
わざわざ自分を狙っていたようにしか思えない。盗賊の類い、というよりは暗殺者の類であろう。
「貴様達、何者だ! ぐわっ!」
有無を言わさず兵士が襲われた。その練度はそれなりに高い。そこら辺の山賊のレベルではない。明らかに戦闘の経験がある。その上に特に何も言ってこなかった。金品を強奪するつもりはないのだろう。
「……ったく」
フィルは剣を携え、馬車を降りる。恐らくは王族に対する反抗勢力の差し金だろう。誰が王位継承権を握るかで立場が大きく異なる貴族というものは多い。
恐らくは目の前にいる連中は自分が王位継承権を握ると不利益を被る貴族の差し金、あるいは王族の差し金、そういった線だろう。
無論、こいつ等を問い詰めてみない事には明確な回答は出ないと思えるが。
警護をしている兵士達は苦戦気味だ。ある程度の自衛を想定しているが、そのある程度を超えているのだろう。このままでは馬車を攻め落とされるのも時間の問題であると言えた。
「はぁ……」
再度の溜息を吐く。フィルは少女ではあるがそれでも弱くはない。幾多の剣の訓練を受け、王国始まって以来の剣の天才であり、最年少で剣聖の称号を得るかもしれないと言われている。だが、その強さも反対派の貴族、フィルが王位を継承する事が不利益を得る者がいる理由かもしれない。
何せ、形だけの王とはならないのかもしれない。連中が望んでいるのは操り人形としての形だけの王であり、そうではない王は望んでいない。国民に対する体裁が整えるだけの操り人形だ。必要なのは上っ面だけであり、中身までは望んではいない。
そんなところだった。
フィルが帯剣して馬車を降りた時だった。
「え?」
フィルの前にひとつの影が走った。
「ん? あれは?」
レイと住んでいた山を降りたトールは盗賊のようなゴロツキ連中に襲われている馬車を見かけた。どちらを悪いかは一目瞭然だった。師匠であるレイからの教えに、この状況下で見捨てるような教えは含まれていなかった。
トールはタケミカヅチを抜刀する。
それなりに戦闘訓練を詰んでいるのだろう。ゴロツキに見せかけているが、それなりの暗殺者だと言われた方がしっくりと来そうなものであった。
「な、なんだっ! このガキ!」
ゴロツキ風の男はそう言いつつ、暗殺者が使いそうな暗器を振るう。鎖鎌と文鎮が合体したような暗器だ。
トールはそれを難なく避ける。
「ぐあっ!」
「ちっ!」
次の男もまた刀でねじ伏せる。
そうしているうちに、四~五人程度のゴロツキが地に伏せた。流れるような斬劇であった。「安心していいよ。峰打ちだから」
トールは言う。
「いや。峰打ちでも痛いでしょうが。まあ、そんなゴロツキ達死んだっていいんだけど」
もっともな突っ込みを少女は言った。
少女はゴロツキの首根っこを掴み持ち上げる。どう考えても役割が逆のように見えた。
「まあ、死んでないならいいわ! どこのどいつの差し金よ! どうせあたしが王位につくとまずい貴族か何かの差し金でしょう!」
「し、しらねぇよ。俺達は二次受けだから。一次受けは暗殺者ギルドだ。辿ってもそこまでだよ」
「ちっ」
用意周到だった。要するにこいつ等は手足だ。こいつ等を叩いても元締めまではたどり着けない。
「まあいい。ここに縛り付けて置いて自警団が来るまで放っておく」
そういって手頃な大木に男達を縛り付けた。
「おい! 飯とか小便どうするんだよ」
男は言った。
「知るか。二、三日飲まず食わずでも死なないわ。死んでも関係ないし。糞尿なら好きに垂らしなさい」
とても淑女の言いそうな台詞ではなかった。
「ふん。礼を言って貰えるとでも思ってたの?」
少女は言う。
「別にそうは思ってないけど」
「あたしみたいな可愛い女の子に良いとこ見せて接点作ろうっていう魂胆だろうけど、残念だけどあたしはこの王国の第二王女なの。そんじょそこらの野良犬は相手にもしないのよ。べーっ!」
少女はあっかんべーをする。とても淑女のする事とは思えない。
「あんな奴等、別にあたし一人でも平気だったんだから」
「そうだろうね」
「え?」
「君、強そうだから」
トールは言った。
「なんでそう思うの?」
「身のこなしが自然だったから、強そうだな、って」
「それはーー。特別に名乗って上げる。あたしは王国の第二王女フィルフィーレ・アルドノヴァ。フィル様でいいわ。あなたは?」
「トール・アルカード」
普通、こういう時は呼び捨てでいいわ、というところだと思うのだが。やはりそれなりに王族としてのプライドがあるのか、傲慢さが見て取れた。
「アルカード? ……魔法使いの名家じゃない」
フィルはそう言った。
「どうしてその家系の子息が剣士に? もしかしてたまたま同じ性だった?」
前者ではあるが説明が面倒だった。
「言いづらい事ならいいわ。別に興味ないから」
フィルはそう言った。
「……そう言って貰えればありがたいよ。じゃあ、僕は行くから、これで」
トールはそう言ってその場を去って行った。馬のような俊足で。
フィルは考えていた。トールのあの動き。倒すまでに必要とした時間。
あの程度の相手、自分一人で倒せるという発言には誇張の一切がない。だが、その倒すまでに必要だった時間。彼は一人当たり2秒~3秒といったところだっただろう。5人で単純計算15秒だ。
だが、自分だったらどうだったか。一人当たり10秒程度はかかったと脳内でシミュレーションできた。
まさか。自分より強いの? あの少年が。
その疑念が沸いたが、すぐに考えすぎだとかき消した。
それよりも、近いうちにまたあのトールという名の少年に会いそうな、そんな胸騒ぎがしていた。
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