剣士学院への入学

「……報告します」

「なんだ?」

 そこは暗い部屋だった。カーテンを締め切った部屋。昼間であるはずなのに薄暗く、まるで夜のようだった。

「暗殺部隊からの報告があります。第二王女フィルフィーレ様の暗殺に失敗したとの事」

「そうか」

 少年は言う。その言葉には驚きの色は見えない。ある程度予想通りだった為だろう。

 王国の国王クルーエル・アルドノヴァは王位を継承に関して死去の際にある遺言を残した。 それは旧来の生まれによる王位の継承ではない。

 通常王位というのは先に生まれた子供が継承する。大抵の場合男である。女が生まれた場合でも王位継承権を得ない事も多い。

 しかしクルーエルが残した遺言にはそういったものは含まれていなかった。全ての子息に王位の継承権があり、その継承を巡っての争いを行う事が取り決められていた。

 王位継承戦が行われ、その勝者が国王となる事が決められている。

 当然のように、王位継承権を持つ者が亡くなればそれだけ自分が王となれる可能性があがるという事だった。

「……次の手を考えるか」

 少年は言った。

 

「ここが剣士学院か」

 トールは言う。だが、基本的に建物の外観というものは大して変わらなかった。かつて通っていた魔法学院と。

 大きな違いとしては構内の見取り図を見た限りでは、鍛錬場が存在する事とか、それくらいである。校舎があり、学食場があり、そして寮がある。そのくらいだった。慣れない足取りでトールは学院内をうろつく。校門の近くに見取り図があるので、学院長室に辿り着くまでには差ほどの手間を要しなかった。

 ただ、学生服を着ていない為か周囲の注目を集めた。

 ここが学院長室か。

 ノックの末にトールは室内に入る。

「入りたまえ」

「失礼します」

 学院長室には眼鏡をかけた理知的な男性がいた。年齢は30代と言ったところか。学院長というからにはもっとよぼよぼのお爺さんが出てくるかと思ったのだが、それに比べると意外な程に学院長は若かった。そして同性から見ても整った顔立ち、洗練されたスタイルを持つ事が理解できた。

「君がレイの秘蔵っ子か」

 学院長はそう言った。事前にある程度の情報は言われている。

 ヴィルヘミア・アスクローム。

 世界で数名しかいない剣聖のうちの一人である。史上最年少で宮廷剣士に上り詰め、そしてこの王国剣士学院の学院長を現在ではしている。

 言わばエリート中のエリートであり、天才剣士でもある。そして師匠であるレイの旧友でもある。

「は、はい。トール・アルカードと言います」

「アルカード……妙だな。君は高名なかの魔法使いの家系アルカード家の出身ではないかね? 偶然か」

 ヴィルヘミア(略称、ヴィル)の言葉は先ほどフィルから聞いたものと同じようなものである。しかし、どうしたものか。彼は学院長である。言葉を濁すよりは正確に物事を伝えた方が今後楽かもしれない。

「その、魔法が苦手で。魔法学院を退学になって。彷徨っているところをレイ師匠に拾われて」

「そうか。そういう事か」

 頭の良い彼はすぐに理解する。

「へー。そうか、なるほどそういう事か。そういう事なら不思議はない」

 そしてすぐに納得をする。納得ができたなら別にそれについて深く聞く事もない。必要性がないからだ。理知的な合理主義者である事をトールは感じた。

「これが君の学生服だ。男子用の更衣室があるから、使ってくれ。場所は――」

 渡される。そして更衣室の場所を説明される。

君のクラスは2-Bだ。寮は男子寮の202号室を使ってくれ。後は担任の教師から説明があるとは思う。私からは以上だ」

「は、はい」

「ひとつだけ言う事があったな。転校生という事もあって残りの期間は少ないかもしれないが、充実した学院生活にして欲しい」

 最後にヴィル学院長はそう言った。


 更衣室、という部屋がある。更衣室という部屋は不特定多数のものが出入りする。通常そこに入る時には鍵など必要としない。故に誰でも入れる。だが通常、異性の、特に男子生徒が女子生徒の更衣室に例え過失だとしても入る事はない。そこが女子更衣室であるとよく知っている事ではあるし、間違えたらどうなるかを恐ろしい程によくわかっているからである。 だが、トールにとってはここは慣れ親しんだ校舎ではない。故に不幸な間違いが起きたとしても彼を責めるわけにはいかないだろう。恐らく(?)。

 それはよくあるお約束的な展開だった。

 ガチャ、とトールはドアを開けた。

「あっ?」

 素っ頓狂な声をあける。見るとそこにはあられもない恰好をした、女子生徒の姿が無数にあったのである。

「あんたは、あの時の」

 その中にフィルの姿もあった。彼女もまたあられもない姿をしていた。白い下着姿である。 純白の下着に身を包んだ彼女は、突然の事にまともに身体を隠す事すらままならない。

「あなたは王女様。どうしてこんなところに?」

「その質問に対する回答は二つあるわ。私がこの剣士学院の生徒でもあるから。そしてもう一つが私が鍛錬場から帰ってきて、制服に着替えているから。それも当然よね。ここは女子更衣室なんですもの」

 フィルは表情に怒りの色を浮かべた。

「いいから出てけ! この変態! のぞき魔! いつまで見てるのよ!」

 フィルはそこら辺にあるボストンバッグを投げつけた。

「わっ!」

 トールは避ける。それと同時に女子更衣室を出た。


「今の知り合い? フィル様の」

「知り合いって言えば知り合いだけど。大した知り合いではないわ。ここにいる学院に来るまでに会ったの」

 そう、フィルは言った。

「へ、へぇ……」

 助けられた恩など等にフィルは忘れていた。あるのは男に肌を見られたという事に対する屈辱感。憤怒。恨み、そういった類のドス黒い感情である。

「王女の肌を婚姻もしていない男が見た恨み。ただで済むとは思わない事ね」

「あの……私達も一応見られたんですけど」

 女子生徒は言う。

「皆の恨み、私が晴らすわ」

 そう、フィルは言った。

「あいつに決闘(デュエル)を申し込むわ。そこであいつをけちょけちょんの、ギッタンギッタンにしてやるのよ」

 フィルは言う。

「けちょんけちょんのギッタンギッタン」

 一人の女子生徒が怪訝そうに言う。

「王女の、いえ。少女の言う台詞ではないような」

 もう一人の女子生徒が怪訝そうに言う。

 しかしフィルはそれにも構わない。

「見てなさい。あの新入り」

 フィルは言う。

 懸念のようなものが心にあった。あの盗賊に見せかけた暗殺者達を倒した動き。あれはまぐれだったのだろう。そう思ってはいる。だが、もしあれがまぐれでなかったとしたのなら。 自分が相手でも勝てるかどうかは不明であった。

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