おっさん、手を握られる

「お、お前にはこの鎖が見えているのか?」


「はい。見えますけど?」


 きょとんとした顔で答えるセシル。

 そして何かに気付いたようにぐいっと顔を寄せてくるので、俺は戸惑ってしまうが、彼女の視線は俺の首輪から床に垂れ下がる鎖を目で追っていた。


「でもこれ、不思議な感じがする鎖ですねえ……キラキラ光っていて奇麗なんですが……なにか禍々まがまがしい感じもしますよ?」


 驚いた。彼女はこの鎖が見えるだけでなく、これが〝魔女の盟約〟によって縛られたものであることを、何となく感じているというのか。


 それはセシルが神官だから……?

 いや、神官といってもしょせんはただの人間。それに彼女は神官を名乗っているが、本当はまだ見習いで、孤児院再建のために金を稼ぐために、神官と身分を偽って冒険者稼業に身を投じた、偽神官なんだ。

 パーティの仲間として旅をしていたとき、俺からは訊いちゃいないのに、自分から身の上話をペラペラと話してくれたからそれは確かな情報だ。


「で、この子は誰なんですか?」


 鎖の先を目で追って行った先にいるフレアに鋭い視線を送っている。

 声のトーンが急にとげとげしくなったな。


「ま、まさかレンさんの隠し子!?」


「ちがう! 俺はまだバリバリの独身だぜ?」


「あっ、ご、ごめんなさい! レンさんがそんなことをする人じゃないことを、私が一番理解しているはずなのに……」


「あ、いいんだよセシル。俺もそんな勘違いをされる歳になったっていうことだ。だが、こいつは俺の子ではない。森で迷子になっていたところを俺が保護したんだよ。だからしばらく一緒に暮らす約束をしたんだ」


 と言いながら、チラッとフレアの様子をうかがうと、特に表情の変化は見られない。

 ここで怒らせると大災害に発展する可能性もあるからな。


 するとセシルは胸の前で手を組んで、うるうると濡れた瞳を向けてくる。


「さすがレンさん! ご自身が大変な目に遭っているというのに、なんと慈悲深い方なんでしょうか! で、その子のお名前は……?」


「フレ……」


 さすがに本当の名を名乗らせるのは危険か。

 街の人々は『魔女』か『森の魔女』と呼んでいるようだが、中には名前を知っている者もいるかもしれねーから。


「その子はフレーミアだ。ずっと森の中で母親と二人暮らしをしていたせいで、かなりの人見知りでうまく喋れないらしい」


 と、俺の幼少期の話とごちゃまぜにして紹介してみた。

 するとそれを信じたセシルは更に目を潤ませて、


「可哀想な子……でももう大丈夫よ! よろしくね、フレちゃん! 私はセシル。レンさんのパートナーになる女よ!」


 左手で涙を拭きながら、右手で握手を求めるセシルの手を、フレアは杖でパシッとはたいた。『う~』と猛獣のようなうなり声を上げながら。

 

 何をそんなに怒っているんだ? ……は?

 ワンテンポ遅れてセシルの言葉が俺の脳内で処理された。


「せ、セシル……今なんて……?」


「レンさん、私のパートナーになってください! 私、レンさんがいないと駄目な身体になってしまったんです!」


「はあっ?」


 おいおい、公衆の面前で、何てことを言い出すんだ。


「き、貴様ァァァー! やはりセシルに手を出していたじゃないかァァァー!」


「い、いや、俺は手を握ったが手は出してはいない!」


 案の定、ロベルトが話しに割り込んできた。

 これと同じやりとり、つい最近もあったよな?


「私の手でよかったらいつでも好きなときに握ってください! 今だから白状しますけど……私……レンさんに手を握られると……その……」


 だが、今回のセシルは引き下がることはなかった。

 俺の手を両手でギュッと握り、ぐいっと胸元に引き寄せる。


 や、やめろー!

 通報されるだろッ、俺がッ!



「き、き、貴様ァァァー!」

「離れるのォォォー!」



 そりゃロベルトは叫ぶだろう。

 だが、フレアまで一緒に叫ぶのはなぜだー!

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