おっさん、叱られる


「ま、まあ一旦落ち着いて手を離せ、セシル! このままでは色々と誤解されちまって、俺もお前もマズいことになっちまうからっ!」


「マズいことってなんですか? 私はレンさんのパートナーとして、一生ついて行く覚悟はありますよ」


「うっ……」


 そんな赤らめた頬をぷくっと脹らませた顔で俺を見るなー!


「その言い方が誤解の元になるんだって! お前が言いたいのはパートナーではなくパーティメンバーだろ? だが、こうして無事に会えたんだから、もう俺とお前がパーティを組むことも不要だろう」


「え? どうしてですか?」


 きょとんとした顔を向けてくる。


「えっ……だって、お前は探索用魔道具を使って森に取り残されたはずの俺を捜索するために、俺とパーティを組む必要があったんだろう? 同じパーティに所属していればレーダーに反応しやすくなるからな」


「さすがレンさん! そんなことまで分かってしまうんですね」


「ま、まあな。情報の活用能力についてにだけ言わせてもらえれば、俺はこの世界では勇者級かもな」 

 

 などと道具屋で仕入れた知識をこれ見よがしにひけらかしながら、肩をすくめておどけてみせると、セシルの表情がようやく和らいだ。

 俺たちを取り囲んでいた野次馬連中は、それを見て興ざめした様子で元いた場所へと戻っていく。

 ロベルトとその仲間たちはまた俺のことを睨みつけてはくるのだが、セシルの前では俺に危害を加えるつもりはないらしい。


 俺はセシルに向かい直し、声のトーンを下げて話し始める。


「だが、気持ちは嬉しいが、お前のその判断は間違っている。ポーションなんぞいくらリュックに詰めておいても、魔獣の一撃で死んじまえば何の役にも立たない。攻撃系の魔法も使えない女神官のお前が、一人魔女の森に入って、無事に帰ってこれるはずがないだろう」


「私、そんなに弱い女じゃありません! 破裂魔法だって、レンさんに教わってできるようになりましたから」


 ああ、そうだった。

 俺は最後の一本のポーションをセシルに飲ませ、破裂魔法のレクチャーをしたんだった。飲み込みの早いセシルはすぐに覚えたな。


 そんな回想をしているうちに、セシルは背負っていたリュックを床に下ろし、中からポーションのびんを取り出した。


「私……忘れられないんです。あのときの……その……」


 顔を赤らめて視線を外し、もじもじし始める。


「その……」


 顔から湯気が出るのではと思うほどに真っ赤になっていく。

 

「私にもう一度、レンさんさんのポーションを飲ませてください!」


 目をギュッとつぶったまま、両手でポーションの瓶を差し出した。

 

 俺のポーションが飲みたいだと?


 元はただの回復薬ポーションが俺がひと手間をかけることによってスーパー回復薬ポーションへと生まれ変わるということに、セシルは勘づいてしまったのか?


 さすがは俺が見込んだ女……いや、女神官(仮)だ。


 だが、大衆の面前でそのような機密事項を漏らすわけにはいかない。


「な、何言ってんだセシル。それはお前が道具屋で買ってきたポーションであって、俺のポーションではないだろ? それに、ポーションなんて誰に飲ませられようが効能に違いはないんだ。筋肉に貯まった疲労物質を排除するのと、エネルギーの補給が主な作用だぜ?」


 薬瓶を指先でつまんで目の高さまで持ち上げて、ぷらぷら振って見せる。

 緑色の液体が、瓶の中でたぷんたぷんと揺れている。


「じゃあ、飲ませてください」


「今ここでか? お前はいま、体力が有り余っているように見えるが……」


 渋る俺にはお構いなしで、セシルはくるっと背中を向けた。

 そうか。

 あの時の状態を再現しようとしている訳か……


「じゃ、飲ますぞ?」


 俺が後ろから一声かけると、セシルは上を向いて目を閉じた。

 天井の明かりがピンク色の唇を照らし、なんとも艶めかしい感じに見えてしまうのは仕方がないことだが、俺は大人だ。こんなことでは動揺しない。


 薬瓶の蓋を開け、開いた口に流し込む。

 

 こくこくと喉を鳴らして飲み込んでいくセシルだが、カッと目を見開き俺の手をつかんだ。


「う、うわっ! どど、どうした?」


 薬瓶ごとセシルに手を握られて、俺はひどく動揺してしまった。一瞬にして瓶の中身の色がピンク色に変っていく。

 うわっ、変換チェンジのお漏らしとか、恥ずかしくて笑えねー!


 だが、そんな俺の動揺を物ともせず、セシルはグイグイ迫ってくるのだ。


「何かが違うんです! レンさん! あの時と同じように真剣にやってください!」


 すごい剣幕で叱られてしまった。

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