嫉妬と再会

 神官服の上から赤いプロテクターを無理矢理に装着したような出で立ちのセシルは、パンパンに膨れ上がったリュックを背負っている。

 膝に手をつきぜえぜえと幾度か肩で息をした後、キッと正面を向いて食堂とは反対側の冒険者ギルドの方へと歩いていく。

 一歩進むごとに、完全装備の騎士が歩いてくると勘違いされそうなぐらい、金属が擦れ合う音が鳴っている。

 周りの者たちは皆、その異様な光景を呆然と見送っている。


 セシルが受付の前に立つと、何やら懐からカードらしき物を取り出して、カウンターにパンッと置いた。


「私は今のパーティから抜けます! そして、この人と新しいパーティを作りたいんです!」


 食堂にいる俺の耳にもハッキリと聞こえるほどの威勢の良い声で言った。

 カードを手に取って眺めた受付嬢が、ぎょっとした表情になった。


「えっ? 貴方は勇者ロベルト様のパーティに所属しておいでですけど、そこを辞めるというのですか? そんなもったいない!」


「私はもう決めたんです! だから早く手続きをしてください!」


「そう言われましても、パーティを抜けると際には代表者さまの承認が必要となりますので……あっ、ロベルト様ちょうど良いところに……」


 受付嬢が対応に困っていると、そこへタイミングよくロベルトが通りかかる。

 トイレにでも行っていたのだろうが、こういうときのロベルトの間の良さは勇者級なのだ。


「ん? どうしました? ――って、セシルじゃないか! 何だその格好は?」  


「ロベルトさん、私をパーティから抜けさせてください!」


「――え?」 


 ロベルトは驚きのあまり目を見開く。そしてひどく狼狽し始める。


「な、なぜだセシル? パーティの待遇に不満があるなら改善するから言ってくれ! そうだ、これからはもっと分け前を増やそう。それがいい! あ、それともパーティの中に嫌な奴でもいるのか? 誰か言ってくれば今すぐそいつをクビにするぞ?」


「そうじゃないんです!」


「じゃあ、何で……」


「私は今すぐレンさんを助けに行きたいんです!」


「レ、レンを? 奴ならもう……」


「いいえ! レンさんは必ず生きています!」


「だから奴はもう……」


「私は信じています! レンさんは必ず生きて、私が助けに行くのを待ってくれています!」


「い、いや……だからな……」


「私、知っているんです。レンさんはいつも皆さんの健康を気遣って、安心安全な食材を厳選して食事を作っていることを――。困った人を見かけたら、つい自分のことよりも相手のことを優先してしまう優しい人だということを――。皆さんが寝静まった後、一人こっそり起きて全員の武器や防具の手入れをしていたことを――」


「キミは奴にだまされているんだよ! それが奴の策略だ! そうやってキミに良いところを見せておいて、頃合いを見て襲いかかるつもりだったに違いない。その証拠に、キミが奴と二人っきりになっているところを、俺は何度も見つけて助けてやったはずだ!」


「そ、それは私の方から近づいて行ったんです! レンさんの方から私に近寄ってきたことなんか、一度もありませんから!」


「えっ……そんな……」


 ロベルトはたじろいだ。


 いけねえ……これ、どのタイミングで話しに入っていけば良いのか全然わからねー!

 だが、このままじっと二人の会話を傍観していても、らちがあかない。


「よお、お二人さん。お取り込み中のところ悪いが……」


 半端な高さで手をぷらぷらと上げながら、愛想笑いを浮かべつつ話しかける。


 俺の声を聞いたロベルトは、ギョッとした顔を向けてきた。


 セシルはまん丸のお目々を見開いて、口に手を当てて息を飲む。

 手から杖が離れ、カツーンと床に弾んで、転がった。


「レンさん!? どうしてここに!?」


 大きな目が潤み、涙がポロポロとあふれ出す。

 そして――


「レンさんッ、レンさんレンさんレンさんレンさんッ!!」


 と俺の名前を連呼しながら抱きついてきた。


 ところが彼女の頭には真っ赤なプロテクターが装着されているので、その突起部分が俺のアゴに激しくぶち当たる。


 その直後、俺の首に繋がっているフレアの鎖が後ろへグイッと引っ張られ、後頭部を床にガツンとを強打し、その上にセシルの体がのし掛かってきた。おまけに荷物をいっぱい詰め込んだリュックも背負っているから、その衝撃は半端ない。


「レ、レンさん!? 大丈夫ですかレンさん? やっと会えたのに死なないでぇー!」


 俺の肩を前後に激しく揺らしながら、セシルが泣き叫ぶ声が聞こえる。

 一瞬意識が飛んでいたようだが、その声のおかげで俺はすぐに目を覚ました。


「大丈夫だよセシル。俺はこんなことぐらいで死にはしない」


「レンさん……ええっ?」


 再びガツンと後頭部を打ち付ける。

 また鎖に引っ張られたのだ。


「おいフレア! いい加減にしろよ!」


「その女、ムカつくのー!」


 ダンッと足を踏みならして、低い声でフレアが言った。 

 何だコイツ。何を怒っているんだ……?


「あれ? レンさん……この首輪と鎖は……どうしたんですか?」


「「へ?」」


 俺とフレアが同時に声を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る