ギルドマスター

 ギルドの奥の部屋や、レストランの厨房から、従業員たちがわらわらと集まってきた。みんな暇なのかよ!

 

「い、いやちょっと待ってくれ! 英雄って、誰のことを言っているだ? 俺にはまったく身に覚えがないことなのだが……」


「勇者ロベルト様のパーティの皆さんは、我が街の英雄なんです!」

「恐ろしい森の魔女を退治してくれたんですから!」


「はあーっ!? 魔女を退治しただぁー? 魔女なら――」


 ――あんたらの後ろで、いま飯を食っているぞ?


 と、思わず言いかけるところをぐっと抑えた。そんなことが知られたら大騒ぎになっちまう。ここは咳き込んだフリをして誤魔化そう。


「ゴホゴホッ……と、とにかく、ここでは魔石を買い取ってもらえねぇらしいから、外で換金してくるからよ。このままでは飯代が払えねぇ――」


「いいんですよ、お金の心配なんてしなくても! お好きなだけタダでお召し上がりくださいよ~!」


「なにッ!?」


 コックらしき男にそう言われて、俺は思わず笑顔を振りまいてしまった。

 いけねえ……タダ飯という言葉に反応しすぎだろ、俺。

  

「さあさあ、お連れの方もどんどん食べていってくださいねー!」


 フレアの前に続々と料理が運ばれている。


「うおおおおーッ、レン! すごいの! これぜんぶ食べていいの?」


 料理の山を前にして、フレアがめっちゃ興奮している。

 あいつ、フードを被って顔が暗くなっている分、ギラギラした目が余計に目立っているな。


 まあ、何かとてつもない勘違いをされてしまっているようだが、出された料理は食わねば失礼にあたるだろう。


「ああ、どんどん食え!」


「人間のごはん、おいしいのーッ!!」


 こんがり焼かれた骨付き肉、塩漬け肉、野菜たっぷりのスープ、そして固めのパンといえばギルド飯の定番中の定番だが、原始人のような生活をしているフレアには十分すぎるほどご馳走に違いない。


「調味料を加えると美味いだろう? これが食文化というもんだ!」

「こ、これが……しお……」

「いや、調味料には塩以外にもいろいろあるんだが、まあ……そんなところだ!」

 

 どのみち魔女の盟約が効いている間は離れられない運命なんだ。

 詳しいことについては、おいおい教えていくことにしよう。


「んー、そう考えると、塩以外の調味料も買いそろえておきたいところだな……帰りに市場に寄っていくか」


「いちば?」


「いろんな食いもんが売っているところだ。金さえあれば、お前の新しい服とかも買ってやれるんだが……この魔石一つでは、無理そうだな。闇ルートで売ることになるから買い叩かれそうだし」


「人間の街、すごいのー!」


 俺の話をどこまで理解しているのかは分からないが、フレアは目をキラキラさせている。肉を口一杯に入れながら、よく器用にしゃべるもんだ。


 そんな俺たちをしばらく興味深そうに見ていた連中も、少しずつばらけていく。

 あの大騒ぎはなんだったんだろう。

 今さら後で金を払えって言われても、俺は無一文だからな!


 そんなこんなで、俺もたらふく食って腹がパンパンに膨れた。

 だが、フレアの食欲は底なしのようだ。

 基本手づかみなんだが、スプーンの使い方を教えてやると、スープも飲めるようになっている。


「食事をお気に召していただけているようで、何よりでございます」


 奥から年配の小太りした男が揉み手をしながら寄ってきた。


「ご挨拶が遅れましたが……わたくし、ギルドマスターをしておりますジンバと申します。勇者様御一行におかれましては、王都より遠路はるばるお出でいただき誠に有り難うございます……」


 ギルドマスターといえば、一般の冒険者の前に顔を出すなんてことは滅多にあるのではない。

 そのギルドマスターが、俺に頭を深々と下げてきたんだ。

 これはただ事ではない予感がする。


「あの、他の方々はまだお帰りにならないのでしょうか?」


 そう言いながら、男は入口の方に視線を向けた。

 ああ、そういうことか……


「パーティの奴らとは森の中で別れちまったから、その後のことはよく分からないんですよ。無事に帰ってくるといいんですけど……」


 一部の奴を除いてな!


「じつは俺……パーティを追放されて、クビになっちまったんですよ」


「……は?」


 その瞬間、ギルドマスターの表情が激変した。   

 

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