冒険者ギルド

「あんたらを泊めると、ろくな目に遭わねえという俺の直感は見事に当たっちまったぜ! ほら、これを持ってとっとと出て行きやがれ!」


 カウンター越しに、仏頂面のオヤジが麻袋を寄こした。


「おー、塩かーっ! ちゃんと約束を守ってくれるなんて、あんた意外といい奴だったんだな!」


「うるせぇー! ったく、森で魔獣狩りをしてきたなんて、嘘つきやがって……」


「え、それは嘘じゃねーよ?」


「この街で森と言やぁー、魔女の森しかねぇーんだよ。その森は王都から来た勇者パーティが魔女討伐をしたんだが、激しい戦いの末、森の半分が木っ端微塵に吹き飛んだらしいじゃねーか。今朝の朝市はその話で持ちきりだったぜ!」


 あ。

 それ、俺とフレアの仕業だわ……


「そんな大災害の中、呑気に魔獣狩りなんぞできるヤツなんかいる訳がなかろーが!」


 はあ。

 そんな中、肉を呑気に焼いて食っていた俺たちって……


「まあ、こんなへんぴな場所にある宿屋だからよ。フツーじゃねぇー客が来るのは仕方がねぇーことだけんどな。そんな汚ねぇーガキを買うヤツなんざぁー、二度と泊めねぇーからな! もう来るんじゃねーぞ! 分かったか?」


 ハゲおやじがカウンターから出てきて、俺の背中をグイグイと押し出し、最後はドアをバタンと勢いよく閉められてしまった。

 

 そんなおやじと俺のやり取りを、そばでじっと聞いていたフレアは、目深にフードを被ったまま、右手は杖を、左手は俺の首からぶら下がる鎖を握っている。

 これは余談になるが、どうやら俺の首にはめられた鉄の輪っかと鎖は、ハゲおやじには見えていないようだった。



「はは……ひどい言われようだったな。まあ、気にすんな。目的の塩も手に入れたことだし、どこかで朝飯食って、森へ帰ろうぜ?」


「ご、ごはん~?」


 途端にだらだらとよだれを垂らし始める。

 可愛い顔が台無しだぜ。


 しかし、朝飯を食うとは言ったものの、パーティの奴らに荷物をひったくられた俺には金がない。

 あるのはハゲおやじに100ギルと言われちまった魔石のみ。


 街のレストランに入っても同じように足元を見られちまうだろう。

 それに魔獣の血でギトギトしているローブ姿のフレアを見て、また何を言われるか分からない。


 で、行き着いた先は冒険者ギルドだ。

 ここなら魔石を相場で買い取ってくれるし、何と言っても薄汚れた格好でも気兼ねなく入れるからな。


 荒れくれ者が出入りするに相応しく頑丈に作られたドアを開けると、右が冒険者ギルドの受付、左が酒場兼レストランとなっている。

 どちらも夕方以降は混み合うのだが、今は早朝ともあって閑散としていた。


 フレアを一番奥の席に座らせて、俺はオーダーをとりに来た店員に2人分のモーニングセットを注文する。


「んじゃ、俺はこの魔石を金に換えて来るから、料理が運ばれてきたら先に食べていてくれ」

「ん。わかったの」


 フレアが鎖から手を離すと、フッと音もなく鎖と首輪が消失した。

 魔法のようでありなから魔力マナの流れは一切感じない、本当に不思議な力である。



 冒険者ギルドの受付の前に行くと、受付嬢が大きなあくびをしているところだった。この時間はとても暇なんだろう。

 俺と目が合うと「あわわっ」とバツが悪そうに口を押さえて、座り直した。


「これ、買い取ってもらいたいんだが……」


 魔石を手渡すと、受付嬢は慣れた手つきで鑑定用の魔道具をかざして、エーテルの含有量を読み取る。 


「220ギルになりますね」


 あんのハゲおやじー! やはり俺たちの足元を見やがっていたか!


「じゃ、それで買い取りをお願いするよ」

「では、冒険者カードの提示をお願いします」

「あ……」


 カードは盗られたリュックの中だ。


「カードがないとダメ……かい?」

「ギルドの規定により、冒険者登録をしていない方からは買い取れないんです」

「それは参ったな……」

「冒険者カードの再発行はパーティのリーダーが申請すれば可能ですが」

「それはますます参ったな……奴らはまだ森から帰って来ていないだろうし……」

「えっ、今、森からって……言いましたか?」


 受付嬢が目を丸くして俺を見つめている。


「も、もしや……それって、勇者ロベルトさまのパーティですか!?」


 受付嬢はガタンと音をたててイスから立ち上がる。

 その異様な雰囲気に、周りの者たちも集まり始める。


「勇者ロベルトさまのバーティの方がおいでになりましたァー!!」


 周りの者たちが一斉に歓声を上げはじめる。

 

「英雄さまの御一行が到着されましたー!」

「勇者さま、バンザーイ!」

「魔女討伐お疲れさまでしたー!」


 何が何だか分からない。


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