そばかす

「つまり、お客様は勇者ロベルト様のお仲間ではないと?」


「まあ、そういうことだ」


 俺が返答すると、ギルドマスターはチッと舌打ちをし、急に人を見下した態度を取り始める。

 間が悪いことに、そこへウエイトレスがトレー一杯に料理を乗せて運んで来た。


「おい、その料理はもう出さなくていい! こいつらは英雄どころか、ただの貧乏人のようだ!」


「きゃっ」


 横にはらう動作をしたギルドマスターの手が、若いウエイトレスの肩に当たり、トレーを落としてしまった。


 ガシャーンと食器が割れる音がし、床にトレーとパンがころがる。

 スープは床に跳ね返り、ギルドマスターの靴とズボン裾を汚した。


「も、申し訳ありません! 今すぐお拭きします!」

「この馬鹿者が!」


 ウエイトレスは床にひざまずき、ナプキンでズボンを拭こうとするが、ギルドマスターはその手を叩いて拒絶した。


「わたしに触れるな! 全く不愉快だ!」

 

 かんかんに怒りを表したギルドマスターは、大股で立ち去ろうとする。

 ウエイトレスは慌てて立ち上がり、その背中に向けて深々と頭を下げている。


「今のはどう見てもあんたに責任があるんじゃないか?」


「……なに?」


 男は立ち止まり振り向いた。その顔には、怒りと軽蔑と、そして戸惑いの色が見えている。


「その娘は、あんたの手が当たってバランスを崩しちまったんだ。まあ、あんただってわざとやった訳ではなんだろうけど……、その娘はちゃんとあんたに謝罪して、足もとを拭こうとたんだぜ?」


「……それがどうした?」


 ……だよな。

 部外者の俺がそんなことを言って何になるんだ。

 また余計な口出しをしてしまった。


「いや、ただそれを言いたかっただけだよ」


 すると男は舌打ちをして、事務所へと戻っていった。


 ギルドマスターの姿が見えなくなると、ウエイトレスがくるっと振り返って俺を見た。セミロングの茶色の髪は少しくせっ毛で、頬のそばかすがチャーミングな感じの女の子である。


「あ、あの……すみません。お客様のお足も濡らしてしまいました! す、すぐお拭き致しますので……」


 両膝を床について、ブーツに手を伸ばそうとしてきたので、俺はその手首をそっと掴んだ。


「あー、俺のブーツはこの通り最初から汚れているから気にすんな! それに、あいつが言っていたように、俺はこの店の客じゃないらしいからよ。すまんな、すぐ出て行くから」


「い、いえ! あ、あの……せめてお連れの方がお料理を食べ終わるまでは……どうぞごゆっくりなさっていてください」


「あー」


 相変わらずフレアはバクバクと食べ散らかしている真っ最中だった。

 こいつ、食べるのに夢中で、俺たちが何をやっていようとお構いなしなんだ。


「……お嬢さんですか?」


「はぁ?」


「ご、ごめんなさい! 小さな女の子をお連れのお客様が珍しいものですから、つい親子かなと……」


「いや、いいんだ。うん。確かにそう見えてもおかしくはないか……」


 いやいやいや、俺はおっさんだけど、まだギリギリ30の手前なんだから、フレアの見た目が10台前半とはいえ、親子に見えるか普通?

 ……もしかして、俺って年齢以上におっさんに見えているのか?


 などと、軽くショックを感じていると、何やら外が騒がしくなってきた。

 ギルドの受付にいた冒険者数人が、外へ様子を見に行って、すぐに戻って来た。


「魔女を討伐した勇者パーティが帰って来たらしいぞ!」


 その瞬間、ギルド内が色めき立った。


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