第33話

 気が付けば、俺は道のど真ん中で棒立ちしていた。

 周りを歩く人は、俺を邪魔そうに睨んで、通りすぎていく。


 ああ、そりゃあ、邪魔だろう。

 こんな所に、ずっと突っ立っていたら。


 他人事のように、そんなことを考えていた。


 それでも、これ以上にここに立っている訳にはいかない。

 それくらいは、今の俺にもわかった。


 俺は、そそくさとその場を離れる。


 そして、誰もいない、路地裏の中に入っていって、その場に座り込んだ。


 地面にはゴミも転がってかなり汚かったが、そんなことなんて気にならなかった。


「そうか。俺が、奈那先輩を……」


 全部、思い出した。

 俺が奈那先輩を消したんだ。


 誰かが奈那先輩の存在を消したかもなんて、どの口が言っているんだって話だよな。


 他でもない俺が犯人だったていうのに。


 とんだ笑い話だ。


 笑うことなんて、全然できないが。


「うっ」


 吐き気に襲われる。よくわからない気持ち悪さに、胸が焼けそうだ。


 奈那先輩の最後の泣き顔が頭から離れない。


「う、うう」


 どうして、俺は、あそこであの願いを口にできたのだろうか。

 自分のことなのに、自分がわからない。


 爪を立てて、自分の顔を引っ掻く。


 痛いが、それも他人事のようにしか感じられなくて。

 痛みの代わりに脳裏に刻まれるのは、忘れられない、あの顔。


 断言できる。

 今の俺が、あの時と同じ状況になった時、俺は全く同じ願いを口にするだろう。


 世良を助けるために、奈那先輩を犠牲にするのだろう。

 何度同じことがあっても、俺は結局同じことを繰り返す。


 だからこそ、俺の目の前に奈那先輩はいないんだ。

 だからこそ、今、俺は奈那先輩と一緒にいないんだ。


「うう、あ、あ」


 胃液が逆流する。

 ああ、昼を食べてなくてよかった。食べてたら、すべて吐き出していただろう。


 止まらない。

 気持ち悪くて、吐き気が止まらない。


 後悔の念が、俺の心臓を食い破るように押し寄せてくる。


 後悔なんて、今さら遅いとわかりきっているのに。

 そんなことを感じたって、無意味だってわかっているのに。


 被害者面する自分の心に嫌気がさす。


 意味もなく地面を叩く。


 何度も。


 何度も。


 何度も。


 何度も。


 何度も、何度も、何度も、何度も。


 殴って、引っ掻いて。

 痛みなんて感じない。

 感じるのは、情けない自分への、殺意だけ。


 ぶっ殺したい。

 心臓を引き裂いて、頭をかち割って、生まれてきたことを後悔するくらい、残酷に。


 自分勝手だって、わかってるのに。


 そんなことを考えたって意味がないってわかってるのに。

 そんなこと、自己満足だってわかってるのに。


 ふざけてる。


 馬鹿げてる。


 悪いのは俺じゃないか。

 馬鹿な俺じゃないか。


 奈那先輩を助けられないような、無能な俺じゃないか。


 すべてが俺のせいじゃないか。


 勝手に奈那先輩を好きになって。


 勝手に奈那先輩を救おうとして。


 勝手に奈那先輩を危険にさらして。


 そして、奈那先輩を、消した。


 俺は、何をやってるんだよ。


 こんな。

 こんな結末を知るために、俺は、今まで。


「く、う、うう」


 視界が歪む。

 拳に血が滲む。


 口の中で鉄の味がする。

 気付かないうちに、奥歯を噛み締めていた。


 もう何をしていいのかわからない。

 何を考えればいいのかわからない。


 何をすればよかったのかが、わからない。


 何でだよ。


 どうしてだよ。


 どうして、奈那先輩が消えなくちゃいけなかったんだよ。


 どうして、奈那先輩を助けられなかったんだよ。


 俺が、俺だけが、奈那先輩を助けられたはずなのに。


 奈那先輩が助けを求めていたのは、俺なのに。


「うううぅ」


 泣いたって遅い。

 後悔したって遅い。


 何もかもが遅すぎる。



 消えてしまった青いペンダントが、俺と奈那先輩の繋がりごと消してしまったようで。


 物で繋がった絆なんて、作り物だと思っていたのに。

 今はそれが何よりも遠いものに感じる。


 わからない。


 わからない。



 その中で、ただ1つの真実。


 それは、俺が奈那先輩を消した。


 ただ、それだけ。


「う、あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 泣き叫び、わめく。


 まるで子供の悲鳴のような、虚しい叫びは、ただ空に消えていくだけ。


 誰の耳にも届かない。


 だって、いつも助けてくれていた、救ってくれた、隣にいた奈那先輩は、俺が消したんだから。

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