第60話 勇者リョウタの物語 最終話

 ゆっくりと目を開けると、俺は水槽の部屋に戻っていた。

 今までと違うことは、俺を見るリリスの目が完全に見下していることだった。


「お前にはもう少し期待していたんだけど、どうやら過度な期待をし過ぎていたようだね。やっぱり、普通の人間じゃ勇者の器として未熟だったってことなんだね。もう少し何かやってくれるかと思ったけど、たいして血も集めることが出来なかったし、使えないゴミだ」

「ちょっと待ってくれよ。次はちゃんとやるから、期待にも応えるから見ててくれ」

「お前は何を言っているのかな。お前にもうチャンスなんてないんだよ。ルシファーに殺されるなら何とかなったものの、他の魔女に殺されるなんてありえないだろ。あんな女に惑わされるようじゃ、この先も失敗し続けるのが目に見えているし。お前は勇者として失格なんだよ」

「そんな、俺はまだやれるよ。ほら、あの棒を使えばもっと強い魔物だって倒せるからさ。そうだ、次はいきなり強いやつに戦いを挑むんじゃなくて弱いやつからコツコツと積み重ねていくからさ。ゲームとかでもそうやって徐々に強くなっていくんだし、俺はそのあたりのシステムは理解しているから大丈夫だよ。ねえ、そこは信じて欲しいよ」


 リリスは俺の言葉に説得されたようで、優しい笑みを浮かべて近付いてきた。

 リリスの手が肩に乗ってその顔を僕の耳元に近づけてきた。


「お前は勇者失格なんだよ。チャンスはもう、無い」


 耳元に聞こえるその声が俺の全身に電流のような衝撃を走らせた。

 口調は優しいのに、俺にはとても恐ろしく感じる言葉だった。


「勇者は失格になってしまったけれど、お前はなかなか見どころがあるんだよな。よし、お前は雑兵として今後私達の役に立てよ。コツコツと実績を積み重ねていけばそのうち勇者に戻れるかもしれないぞ」

「待ってください。最後に、最後にもう一度チャンスをください」

「チャンスならもう十分すぎるくらい与えただろう」

「チャンスは二度しか頂いてません。せめて、せめてもう一度チャンスをください」

「そうか、お前がそこまで言うのならラストチャンスをやらないことも無いのだが、本当にそれが最後のチャンスだということを忘れるなよ」

「ありがとうございます。誠心誠意頑張ります」


 たった二回のチャンスで勇者としての活動が終わるのはもったいないと思って、俺は何とか冷静に説得を試みていたのだ。

 リリスは俺の説得に応じてくれたみたいで、最後のチャンスをもらえることになったのだけれど、この調子なら何度でも説得できるような気がしていた。

 勇者がどんなものなのかわからないけれど、その力と地位を利用してもっともっと良い事をしていっても罰は当たらないだろう。


「じゃあ、確認しますけれど、これが本当に最後のチャンスだということを忘れないでくださいね」

「もちろん、ちゃんとわかっているよ。このチャンスを無駄にしないためにも真面目にコツコツと頑張ります」

「あ、その点は大丈夫です。お前には全く期待していないから安心して無謀なことをやってきていいから」

「いいや、俺は絶対にあなたたちの期待に応えるから信じて待っていてください」


 俺が次に飛ばされるのがどんなところなのかわからないけれど、なるべく強そうな敵に出会わないようにしてひっそりと暮らしていこう。

 前回みたいに勇者を調べている人がいるかもしれないので、勇者であるということも隠して行動した方がいいのかもしれない。

 俺の武器は勇者っぽくないのだけれど、その点はこういった状況の時には役に立つのではないだろうか。


「無駄だとは思うけど、せいぜい無駄にあがいてくるといいよ」

「期待に応えるんで安心してください」


 リリスの手によって俺はまたどこかへ飛ばされたのだが、どう考えても俺は助からない状況に置かれているようだ。

 俺は何かの建物の裏に移動していたようなのだけれど、壁越しに感じている威圧感は以前にルシファーと対峙した時に感じたものと同じような気もするし、それ以上に恐ろしいような気もしていた。


 俺はなるべく音をたてないように慎重に行動することを心掛けていた。

 心掛けていたのだけれど、俺の持っている棒がいつの間にか長くなっていたようで、歩くたびに何かにあたって音を立ててしまっていた。


「なんか外から音がするっスけど、誰かやってきたんっスかね?」

「そうかもしれないわね。ちょっと確認してこようかしら」

「ミサキ一人だと心配なんで自分もついていくっスよ。マサキも行くっスよね?」

「うん、僕もついていくよ」

「あなたたちだったら心配ないと思うけど、あんまり無理しちゃだめよ」

「わかってるっス。今はルシファーがちょっと弱っているからサクラ達はルシファーの事を見守っててくれると嬉しいっスよ」


 ん?

 物音を立てないようにその場に隠れて話を聞いていたんだけど、ルシファーが弱っているって言っていなかったか?

 もしかしたら、これは本当にチャンスを頂いてしまったのではないだろうか。

 ルシファーの力が弱っているのなら、俺のこの魔剣で少しでも傷を付けることが出来れば何とかなるのではないだろうか。

 ルシファーを倒すことなんて無理だということは対峙した時に十分すぎるほど思い知っているし、何とか小さい傷でもつけることが出来ればチャンスを生かしたと言えるのではないだろうか。

 よし、俺は勇者だし正々堂々と正面から向かってみることにしよう。


「この辺りから物音が聞こえてきたんっスけど、動物でもいたんっスかね?」

「そうかもしれないけど、もう少し調べた方がいいかもしれないわよ。マー君は何か感じる?」

「うーん、僕には何も感じないけど」

「じゃあ、敵じゃなくて動物だったのかもしれないっスね。動物なら動物でマサキたちの食料にしたらいいんじゃないすかね」

「捕まえたとして、誰がそれを調理するのよ」

「それは食べる人がやればいいっスよ。自分たちは食事をとらなくても平気っスから、むやみやたらと命を奪うことなんてしないっス」

「いやいや、君たちは罪のない人をたくさん殺しているでしょ」

「自分たちは罪のない人間は殺してないっスよ。みんな神に歯向かっていたどうしようもない生き物たちっスよ。でも、それは過去の話なんでどうでもいい事っス」

「天使ちゃんはもう少し人に寄り添った方がいいと思うよ」

「そうだね、天使君はもう少し優しくした方がいいと思うよ」

「二人とも何を言っているっスか。自分ほど多くの人間に寄り添っている天使はいないっスよ」


 あの人たちは何を言っているんだろう。

 男の子と女の子に挟まれている人が天使と呼ばれているみたいだけれど、その姿は僕がイメージしている天使像とは異なるものだった。

 それにしても、天使ってどういうことなんだろう?



「あ、壁の裏に誰かいるみたいよ。逃げられたら困るし、逃げないようにお願いね」


 僕の姿は見られている無いと思うけれど、完全に僕がいることはばれてしまっているようだ。

 このままでは見つかってしまうと思い、後ろに下がろうと思ったのだけれど、不思議なことに僕は壁に囲まれていた。


「あれ、なんで壁がここにあるんだ?」

「えっと、君は誰かな?」

「え、あ、お、俺はリョウタって言います。フラフラっとこの辺を歩いていて、話し声が聞こえたから、その、隠れていました」

「フラフラっとこの辺りを歩いていたってこと?」

「はい、そうです」

「どうしてこの辺を歩いていたんっスか?」

「えっと、この辺に住んでいるんで。そ、そうなんです。この辺に住んでいるんです」

「ちょっと怪しいわね。あなたって本当にこの辺りに住んでいるの?」

「い、いや、よくわからないんです」

「よくわからないってどういうこと?」

「その、知らない人にここに飛ばされて、強くなれって言われてまして、とにかく隠れてました」

「なんかさっきから言ってることがおかしくないっスか?」

「そうね、どうするかサクラに聞いてみてもいいかもね。ちょっと一緒に来てもらってもいいかな?」


 俺は無駄に抵抗することも無く、自分の素性も明かすことなく、ルシファーの目の前までたどり着くことが出来た。

 俺の目の前にいるルシファーは明らかに弱っているのがわかるのだけれど、そのすぐそばに二人の女性が立っていた。

 俺のことを警戒している様子だというのはわかるのだが、このチャンスを逃すことは出来ないと思い、少しずつルシファーに近づいてみた。


「ねえ、この人なんだけど、サクラはどう感じるかな?」

「そうね、悪魔の匂いを体に染み込ませているけれど、人間には違いないと思うよ」

「やっぱりか。じゃあ、ちょっと処分してくるね」


 俺はその言葉を聞く前に持っている棒をルシファーに向かって思いっきり振り下ろした。

 あの巨人でも叩き斬ることが出来た魔剣だし、抵抗を全くしてこないルシファーくらいならどうにかなるだろうと思っていた。

 思っていたのだけれど、俺の攻撃が届く前にルシファーは寝ているベッドと一緒に移動していた。


「ねえ、君は今何しようとしていたのか説明してもらっていいかな?」


 俺は六人に囲まれてしまって、完全にチャンスを潰してしまっていた。

 これ以上はどうすることも出来そうにないし、どうやってこの場を切り抜けようか考えることにしよう。

 もちろん、そんな考えが俺にまとめることが出来るわけも無いのだが。


 そのまま俺は外に連れていかれると、一番優しそうな顔をしている女にひたすら殴られ続けた。

 なぜかその横で歌を歌い続ける女もいたのだけれど、不思議なことに俺はその攻撃に痛みを感じていなかった。

 殴られたそばから回復されているようで、俺の苦痛はいつまでも終わることがなかった。


「自分の魔法ももう終わりそうなんで、ミサキは遠慮せずにやっちゃっていいっスよ」

「じゃあ、さっさと終わらせちゃいましょう」


 聞こえている歌のテンポが速くなるのと同時に俺を殴るテンポも速くなっていた。

 だんだんと殴られている実感が出てきたのだけれど、最初の数発でその感触もわからなくなっていった。


 そして、目を覚ました時はあの水槽の部屋にいた。


「やっぱり駄目でしたね。お前には期待せずにいてよかったです。さあ、雑兵として一からやり直してくださいね」


 俺は痛みが遅れてやってきたのか、何も言うことが出来ずにその場にうずくまっていた。

 俺は失敗したんじゃなくて、あの状況で失敗するように仕組まれているだけなのだ。

 だから、俺は何も悪くない。

 悪くないのにこの仕打ちは酷いんじゃないだろうか。

 勝手に勇者にされて失敗したら見捨てられる。

 そんなのは良くない。


「次はどうしようかしら。今度は殺すことに抵抗のない人が勇者に相応しいかもしれないわね。誰か良い人はいないかな」


 リリスは俺の次の勇者を探しているみたいだけど、きっとそんなのうまく行くわけがない。

 ルシファーだけでも無理なのに、その周りには得体のしれない天使となんだかよくわからない人間がたくさんいるのだ。

 どんな人間だってルシファーに攻撃を当てることすらできないだろう。


「よし、次の勇者はこの人に決めた。自分の家族と親戚を殺して死刑を宣告されているこの女がいいわね。死刑が執行されたらさっそくここに呼ぶことにしましょう」


 俺はその言葉を最後にリリスの声をしばらく聴くことは無かった。

 勇者として再び戻ってくるその時まで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界を救う巫女になったのだけれど、仲間が堕天使と神官と踊り子ってどうなんでしょうか? 釧路太郎 @Kushirotaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ