第59話 勇者リョウタの物語 その三

 俺はあまり目立つことが好きではなかったのだけれど、勇者になったからには目立たなくてはいけないと思うようになっていた。

 動けなくなっているとは言え、自分の数倍はありそうな巨人を一方的に倒すことが出来るんだから目立つなと言われる方が難しいと思ったからだ。

 俺が助けた人達は物凄く感謝してくれていたのだけれど、あの巨人が自由自在に動いていたらと思うと俺も助けた人達の働きに感謝してもしきれなかった。


「勇者様ってこの世界の人じゃなかったんですね。一目見た時から何か違う輝きを感じたっていうか、この人なら私達の窮地を救ってくれるんじゃないかなって思ってたんですよ」


 俺は馬車に揺られながら話を聞いているのだけれど、俺が一言話すと十で返してくれる女の圧に押し負けながらも湖畔の集落に向かうのであった。

 聞いた話によると、湖畔の集落は大きな町を繋ぐ道の中継地点になっているらしく、人口の割には栄えているそうだ、

 絶えず人が行き来している関係か、出現する魔物も初心者クラスの冒険者でも対処できる程度が普通らしい。先ほどのような、明らかに出現範囲を間違えている強力な魔物も数年に一度くらいの割合で現れることもあるそうだ。


「そんな数年規模でしか出ないようなレアな奴に出会うなんて俺は運が悪いのかな?」

「それは私達もそうかもしれないですよ。でも、勇者様に出会うことが出来たのは運が良い事かもしれませんけどね」

「俺も一人でアレに出会っていたらどうなっていたかわからないし、君たちが動きを封じてくれたから何とかなっただけだしね」

「私達だって動きを抑え込むので精一杯でしたし、三体も出るなんて反則だと思いませんか?」

「魔物も連携とかとるんだなって思ってたんだけど、あの後って俺がいなかったらどうする予定だったの?」

「それはですね。巨人出現の噂があったので準備はしてまして、本来なら四人で動きを抑えて残りの五人で攻撃と周囲の警戒を行う予定だったんです。それが、二体ならまだしも三体も出てくるなんて聞いてないですからね」

「それでも動きを封じ込めてたんだから凄い事だよね。みんなは熟練の冒険者なのかな?」

「この者たちは冒険者ではなく私の家で雇っている護衛隊なんですよ。私は貿易商を営んでいるサクナと言うののですが、最近では私も自ら働かないといけない位商売も上手くいっていないんですよね。もしよろしければ、勇者様にも私の護衛をお願いできないでしょうか。家に帰るまででも結構ですので、どうかお願いします」

「俺の名前はリョウタだ。よし、今のところやることも決まっていないし、家に帰るまでだったら協力するよ」

「ありがとうございます。この者達でも十分に活躍しているのですが、勇者様のようなお強い方が一緒にいてくれるだけでも安心感が違いますからね」


 俺がこの女の護衛を引き受けたのはこの世界の事を何も知らないまま一人で行動するのは良くないと思ったからだ。

 この女の色香に惑わされているのではなく、一人で行動しても何もわからないと思ったからだ。

 俺の手を握って上目遣いで見つめてくる女のためじゃなくて、俺はこの世界の事をもっと知りたいと思ったからだ。


「いつ魔物に襲われるかもわかりませんので、今夜は私の部屋で守ってくださいね」


 サクナは耳元で甘く囁かれていたけれど、俺に下心なんてない。

 俺は勇者だからな。


 湖畔の集落にたどり着くまでに何体かの魔物は見たのだが、俺たちの馬車に近づこうとはせず、襲ってくる様子もなかった。

 あの巨人のように人を襲う魔物は相当にレアなケースだったようだ。


「今から次の街を目指すのは時間的に厳しいので、本日はここで宿を探そうと思うのですが、勇者様は食事の好みとかございますか?」

「そうだな、特にこれと言って好みは無いかも。そもそも、こっちに来たばかりでこの世界の料理って食べたことないんだよね」

「そうなんですか。では、この辺りの名物でもいただきましょうかね」


 俺は女の後について行ったのだけれど、集落について早々に護衛の人達が自由に行動し始めたことを不思議に思った。


「あの、護衛の人達は一緒じゃないですか?」

「はい、私はあの者たちとは街道の護衛をしてもらう契約になっていますので、街中に入ればお互いに自由になって構わないのですよ。彼らとは食事代も宿代も負担しない契約になってますからね」

「へえ、その方が安く済んだりするんですか?」

「いえいえ、そういった方たちの方が割高なんですよ。あの者たちは宿泊施設も食事も自分で見つけることが出来るくらいですし、こちらが宿泊代などを負担しないといけないような初心者の方は護衛には向かないものが多かったりするんですよね」

「じゃあ、俺みたいな何も出来ない人はまだまだ半人前ってことですかね」


 そう言って俺は笑ってみると、サクナも俺につられて笑っていた。


 出てきた食事はどれも美味しかったのだけれど、これがどれくらいするのか想像もつかなかった。

 都会の高級レストランではないのでそこまで高いとは思えないけれど、この世界の通貨もよくわかっていない俺は一人じゃなくて良かったと心から思った。

 言葉は通じるので問題ないのだが、この世界の通貨を一切持たない俺が一人で何かしようと思っても、結局のところ何も出来ずに右往左往してしまうんじゃないだろうか。

 そんな風に考えているとサクナに出会えたのは奇跡だと思う。


「その様子だと食事にも満足していただいたみたいですね。では、宿に行きましょうか」

「そうだね。宿はこだわりとかあったりするのかな?」

「リョウタ様に守っていただけるのでしたらどこでもいいんですよ」


 俺はこの世界に来て初めて知ったことが多数あるのだが、女性に耳元で囁かれることにこんなに弱いとは知らなかった。

 それにしても、守るってのはどうしたらいいのだろうか。


「じゃあ、今夜の宿はここでよろしいですかね?」


 サクヤが選んだ宿は湖のほとりに建つ綺麗な宿だった。

 そのまま俺たちは部屋へと通されたのだが、そこには大きなベッドが一つ置いてあるだけの簡素な造りになっていた。

 椅子もソファも無い、ベッドだけが置いてある簡素な造りの部屋だった。

 部屋は一つだけでバスやトイレも無く、ただベッドが置いてあるだけの簡素な造りだった。


「えっと、俺は窓辺に立って守ればいいかな?」

「何をおっしゃっているんですか、私と一緒にベッドに入って守ってくださいよ」


 俺は本当にそれでいいのかとも思ったけれど、女性に恥をかかせるのは申し訳ない。

 しかし、俺はこんな時どうしたらいいのかさっぱりわからなかった。

 つまり、俺はベッドに入ってみたはいいものの、緊張のし過ぎで棒のように固まってしまっていた。

 それをおかしく思ったのか、サクヤは俺の上に乗ると、俺の手を彼女の胸元までもっていった。


「勇者様って意外とうぶなんですね。もしかして、経験なかったりするんですか?」


 その問いに俺は何も返せなかったのだが、それをサクヤは好意的に受け止めたようで、そのまま上半身を倒して俺の顔のすぐ横に自分の顔をうずめた。


「私に全部任せてくれていいんですよ。リョウタ様の全てをもらい受けますからね」


 耳元でそう囁かれた俺は、今まで以上に固まってしまっていた。

 本当に全て任せてしまっていいのだろうか、そんな疑問が俺の中に出てきたのだけれど、俺の体は緊張のし過ぎで金縛りにあってしまったみたいだった。

 いくら動こうとしても動くことが出来ない。

 緊張のし過ぎで金縛りにあうことなどあるのかと思っていたけれど、今はそうなのだからどうしようもない。


「緊張している勇者様って可愛らしいですね。でも、それは私に身を任せてくれるってことですよね」


 俺から少し距離を開けたサクヤはいったんベッドから降りると、俺の持っていた棒をその手に持っていた。

 俺の棒で何をするつもりなのだろうと思っていると、おもむろに俺の足を棒で叩き出した。


「あれ、あの巨人は簡単に斬れたのに勇者様は無事なんですね。そんなに頑丈そうには見えないのに、意外と打たれ強いんですか?」


 この女が何をしたいのかさっぱりわからなかったけれど、これは普通の行為ではないのだと経験のない俺でも理解出来た。

 ただ、理解は出来たけれど動くことのできない俺はされるがままに全てを受け入れていた。


「そんなに頑丈なら、これはどうでしょう?」


 サクヤはどこからかナイフを取り出すと、俺の腹にゆっくりとナイフの先をあてがった。

 薄皮を剥ぐようにゆっくりとナイフを動かしているのだけれど、俺の腹の上を温かいものが流れている感触があった。


「あれ、棒では斬れないのにナイフでは簡単に切れるんですね。あなたの体ってどうなってるんですか?」


 俺は自分に起こっている出来事が怖くて答えることも出来なかったのだけれど、サクヤは俺の足にナイフを近づけると、その刃を俺の太ももに突き刺した。

 俺は小さなうめき声をあげることが出来たのだが、体は痛みを感じているのに全く微動だにしなかった。


「このナイフでも簡単に刺さるのに、巨人を斬り裂いた棒はダメなんですね。もしかして、棒じゃなくてリョウタが凄いんですかね。ちょっと試してみようか」


 そう言われると、俺の体がゆっくりと動き出した。

 俺の意志とは関係なく、その体は動いていて、まるで操り人形になったみたいで自分の意志はそこには存在しなかった。


 俺は握らされた棒で自分の足を何度も何度もたたいているのだが、痛みを感じることも無く、棒にも何の変化もなかった。


「私が動かしているからダメなのかな。まあいいわ、勇者の力の秘密ってまだわからないけれど、あなたの全てを頂いてしまえば関係ないものね」


 俺は自分の意志とは関係なくベッドに横たわると、腹のあたりにまた暖かい感触を味わった。

 そのすぐ後に、体内に冷たいものを感じたのだが、俺は視界の端で何が起こっているのか大体察していた。

 先ほどのナイフで俺の腹を割いたサクヤは俺の腹の中にその手を入れて、何かを探しているようだった。


 しばらく何かを探していたサクヤではあったけれど、目的の物が見つからなかったようで少しイライラした感じで俺に話しかけてきた。


「ねえ、あなたって勇者なのにどうして普通の人間と同じ構造なの?」


 俺はこいつの言っている言葉の意味が分からなかったのだけれど、目の前に差し出された内臓が微妙に痙攣している様子が面白く感じていた。

 自分のものであるのは確か何に、今まで一度も見たことがなかった臓器がどうしても他人の物のようにしか見えなかったのだ。


「そうか、内臓ではなくて脳に集中しているのかもしれないわね。内臓と違って脳の再生は時間がかかるけど、勇者だから大丈夫よ。私を信じてね」


 俺は耳元でそう囁かれていたのだけれど、その言葉には何の感情もわいてこなかった。


 脳を取られたらどうなるんだろうなと思っていたけれど、俺はその事を考えている間に頭から聞こえてくるミシミシという音を感じていた。

 不思議と痛みも恐怖も無いのだけれど、次に勇者として冒険に出るときは女に気を付けようと思えた出来事だった。

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