第58話 勇者リョウタの物語 その二

「リョウタさんって本当にアホなんですか?」

「いやあ、アホではないと思うんですけど、つい目標とかを口走っちゃうタイプでして。最後がどうなったかわからないんですけど、何があったんですか?」

「まあ、あんな感じになっちゃったら覚えていることも無いでしょうし、私が見ていたことをお教えいたしますね」


 リリスは少し深くため息をつくと、俺に何が起こったのかを教えてくれた。


「リョウタさんは自分で大魔王ルシファーを呼んだくせに、その迫力にビビッて怖気づいて惨めにも泣き叫んで命乞いをしていましたよ。勇者なのに勇気も根性も何もないんですね。リョウタさんを選んでよかったのかなって少し悩んじゃいましたよ」

「そんなにみっともない姿だったのかな?」

「そうですね、あれだったら小さい子供でももう少し立派な行動をとると思うくらいは惨めでしたね。人間ってそこまで卑屈になれるのかってくらい情けない姿をさらしていましたよ。それでも一生懸命に生きようとするならまだしも最終的に自殺しちゃってるんですから目も当てられませんよ」

「その辺って全く記憶にないんだけど、本当に俺は自殺したの?」

「ええ、最終的にその魔剣で自分の体を貫いてましたよ」


 俺はこの魔剣でルシファーの体を突こうとした記憶はあるんだけど、自分の体にそんなことをした記憶はなかった。もちろん、自殺しようなんて考えていなかったし、勇者と呼ばれているからにはどんな強敵にだって立ち向かうつもりでいる。

 それにしても、俺は死んだはずなのにこうしてリリスと会話をしているのはなぜだろう?

 ここがこの前と同じ天国だということはわかっているのだけれど、もしかしたら、勇者である俺は何度死んでも蘇らせてもらえるのではないだろうか。きっとそうに違いない。一応確認はしておいた方がいいかな。


「あの、勇者って何度でも生き返って大魔王ルシファーに挑戦することが出来るんですか?」

「それは無いですね。リョウタさんは本来の肉体を失って精神だけで生きている状態なんです。精神が死んだときには完全な死を迎えるわけなんですが、今使っている肉体が修復不可能な状態になっても同じく完全な死を迎えることになるんですよ」

「じゃあ、その肉体の代わりに別の体を用意すればいいんですか?」

「出来るならそうしていただいて構わないのですが、勇者の精神に耐えられるような肉体は早々見つかるもんでもないのですよ。今リョウタさんが使っている肉体だって物凄い偶然が重なって見つかったものなんですよ。間違っても、さっきみたいに粗末に使ってはいけないんです」


 よくわからないけれど、俺は今まで生きてきた中で一番反省していた。

 なんでも口に出してしまう癖を直さないと俺はこれから先もきっと軽い気持ちで大魔王ルシファーの名前を呼んでしまうに違いない。

 俺がどれだけ頑張れば大魔王ルシファーに傷を付けることが出来るのかわからないけれど、今はもっともっと強くなって恐れなくなるくらいにはなれると信じよう。志は低いかもしれないけれど、確実に達成できる目標を乗り越えていく方が俺には合っている気がするのだ。


「でも、一つだけいいことがありましたよ。これは嬉しい誤算でした」

「それってどんなことなんですか?」

「リョウタさんに渡した魔剣って血を吸えば吸うほど斬れ味が増すって言ったじゃないですか。それが、リョウタさんの血を吸ったことで予期せぬ方向に進化しちゃったんですよ。これは凄い事ですよ。あんなヘタレでも事態がいい方向に進むこともあるんですよ。その点だけは自信持ってくれていいんですよ。リョウタさんが最初の一人目で良かったって思いましたもん」

「話を聞いていて自分の事が情けなくなっていたんだけど、そう言って褒めてもらえるとちょっと自信がついてきたかも。予期せぬ方向っていい方向だよね?」

「そうなんです、いい方向なんです。それも、リョウタさんにとってとってもプラスになる方向なんです」

「へ、へえ。それは楽しみだな。で、どんな感じなのかな?」

「それはですね、今までは剣でしかなかった魔剣ですが、勇者にとって一番扱いやすい武器に変化するようになりました。これって、凄くないですか?」

「そいつや凄いや。って、俺は使い慣れた武器とかないんですけど、そういう場合ってどうなるの?」

「さあ、実際に使ってもらわないとわからないですね」

「っていうか、何も変化しているようには見えないんだけど。俺の使い慣れた武器って剣ってこと?」

「まあまあ、落ち着いてくださいよ。ここは結界の中なのでそういう変化が現れたりしないんですよ。向こうの世界に移動したらわかりますから楽しみにしててくださいね。私もどんな武器になるのか楽しみにしてますからね」

「俺に相応しい武器がどんなのか楽しみ過ぎてやる気に満ち溢れてきているかも」

「その意気ですよ。リョウタさんがその魔剣を使って勇者として覚醒して大魔王ルシファーを倒しちゃうのも時間の問題ですね。さあ、さっそく向こうへ行っちゃいましょうか」

「あ、その前に一つ確認したいことがあるんだけどいいかな?」

「なんですか?」

「さっき言ってた、最初の一人目ってどういう意味なのかな?」

「えっとですね、それはまた後でお伝えしますよ。では、行ってらっしゃいませ」


 俺の質問を無視したリリスは何らかの魔法を使って俺を新しい世界へと転送させた。


 この前降り立った場所とは違う、美しい湖の見える丘の上に俺は降り立っていた。

 そうそう、俺専用に変化した魔剣の様子を確認しなくては。

 心なしか以前よりも手に馴染んでいて、手にもしっくりと来るのだ。

 俺は右手の棒をしっかりと握ると目の前に見える湖に向かって活躍を誓うのだった。


「って、俺の武器って棒なのかよ!!」


 確かに、俺が今まで生きてきた中で使った武器らしい武器と言えば棒になるとは思う。だからと言って、勇者の武器が棒なんてものでいいのだろうか?

 いや、良くないだろう。大体、こんな棒切れで何が出来るというのだろうか。この状態で魔物に襲われでもしたら一大事だ。

 例えば、丘のしたからこちらを見ている二体の魔物が俺に襲ってきたりでもしたら大変なことになるだろう。何せ、俺は棒以外の武器を持っていないのだ。この棒切れ一つであの固そうな鎧を着ている魔物に太刀打ち出来るわけも無いのだ。それは誰が見たって間違いようのない現実だ。


 いや、その予想はあっさりと外れてしまった。

 というよりも、俺の近くに来た魔物を威嚇するために適当に振っていた棒が魔物にあたったのだが、その固そうな鎧ごと魔物の体を真っ二つに裂いたのだった。

 刃物ではないので滑るように肉を斬ったわけではないので、手に残る気持ちの悪い感触が忘れられないのだが、残る一体の魔物に向かって振り下ろした棒が同じように魔物の体をたたき割ると、その手に残る感触はだんだんと心地よいものに感じてしまった。


「ただの棒かと思ったけれど、よくよく考えてみると魔剣であることには変わりないんだよな。それにしても、魔剣ならもっと切れ味が良くてもいいんじゃないかな」


 俺の目の前に転がる二体の魔物の死骸を前に考え込んでしまっていたが、ここでリリスの言葉を思い出した。

 確か、魔剣に血を吸わせると強くなるって言ってたな。

 俺は魔物の体を一か所にまとめると、その中心に魔剣をそっと近づけてみた。

 魔物の体に触れた魔剣が手の中で激しく震えると、そのまま魔物の体を飲み込むような勢いで血液を吸いだした。

 まるで強力な吸引機がついているような勢いで魔物たちの血を吸いつくすと、魔剣は何事もなかったかのように元の棒へと戻っていた。


「なんだかわからないけど、これでこの剣が強くなったならいいんだけどな」


 俺はついつい独り言を言ってしまったけれど、今回は大魔王ルシファーの名前は出していないのでセーフだろう。

 さて、これからどうしたものかと思っていたのだが、湖を見ていると、湖畔に集落のようなものがあるのを発見した。

 とりあえず、今はどこにも行く当てがないのであの集落へ向かうことにしよう。


「それにしても、いつまでも一人ってのは寂しいかもしれないな」


 そんな独り言を言っていると、少し離れた場所で魔物に襲われている馬車がいた。

 勇者である俺は襲われている人たちを見過ごすわけにもいかないだろうと思って走って近付いて行ったのだが、襲っている魔物を見て少しだけ腰が引けてしまった。

 どう小さく見積もっても五メートルはありそうな一つ目の巨人が三体もいたのだ。

 一体くらいだったら何とかなったかもしれないが、三体はちょっときついんじゃないだろうか。

 それに、巨人が持っているのは金属で出来たハンマーに見えるのだが、あんなものが直撃してしまったら俺の体は完全にペシャンコになってしまうだろう。

 ああ、助けに行くべきだとわかっているのだけれど、今一歩勇気が出ない。勇気が出ない。勇気が出ない。……俺は勇者だろ。やってやるしかない。


 俺は馬車と魔物の間にさっそうと飛び出そうと思ったのだが、馬車には護衛の人達がいたようで魔物の動きを封じ込めているようだった。

 動きを封じ込めているのならわざわざ俺が手を出すことも無いだろうと思ってみていると、馬車の中から俺を見つけた女がいきなり俺を恫喝してきた。


「ちょっと、ソコのあんた。黙って見てないで手を貸しなさいよ。こっちは抑えるのがやっとで攻撃できないんだから、あんたがあいつらに攻撃して撃退でもしなさいよ」

「いや、そう言われても、たまたま通りかかっただけですし、俺がやっちゃってもいいんですかね?」

「いいに決まってるでしょ。一つ目巨人が三体も同時に出てくるなんて想定してなかったこっちも悪いんだけど、そこに出会わせたあんたが何もしないのはもっと悪い事でしょ。このご時世に護衛も雇わないで一人で出歩いているんだからそれなりに強いんだろうし、ちょっとくらい手を貸しなさいよ。動けない巨人を攻撃しろって言ってるんだし、一体でも倒してくれたらあとは何とかなるから、早くしなさいよ」


 何を言っても関わってしまった俺がこの場を離れることは出来ないのだろう。

 三体の巨人を抑えるのに九人がかりで魔法か術を使っているのが馬車の前に出て初めて分かった。

 一体でも巨人を倒すことが出来れば、単純計算でも三人は余るわけだし、そうなれば俺も余計な怪我を負わなくて済みそうだ。

 何よりも、動きを封じられている巨人を攻撃できるチャンスなんて早々巡り合うことも無いだろう。

 俺は棒をしっかりと握りながら巨人に近づいて行った。


「ちょっとあんた、なんで棒なんかで攻撃しようとしてるのよ。動けない相手だからってふざけんじゃないわよ。こっちだって抑え込むのにどれだけ魔力を使ってると思っているのよ。真面目にやりなさいよ」


 俺だって出来ることなら棒じゃなくてカッコイイ武器が良かったさ。でもね、俺に相応しい武器ってこの棒だったのよ。仕方がないから、俺はこの棒を全力で振るだけなのです。ただ、単純に全力で棒を振るだけなのです。


「もう、そんな棒を振り回したって何の意味も無いのよ。誰か他に攻撃出来る人はいないわけ?」


 俺の振った棒が巨人の足に当たったのだが、先ほどの魔物とは違って鎧を着ていない分だけ手応えがリアルな肉を叩き割る感触になっていた。ちょっとばかし背筋がゾクゾクとしてしまったけれど、そんなに嫌いな感触ではなかった。

 足を叩き切られた巨人は叫び声をあげて抵抗しようとしているのだが、完全に動きを封じ込められているので叫び声をあげることしか出来ずにいた。

 俺は残っている方の足も叩き切ると、そのまま後ろに倒れた巨人の頭を叩き割った。

 棒を巨人の頭に突き刺して馬車にいるお嬢さんに優しく言葉を返した。


「俺が倒すのはこの一体だけで良かったかな?」

「あ、ええ。一体だけでもいいんですけど、出来ればもう二体いかがでしょうか?」


 この巨人の血を完全に吸いつくしたことを確認した俺は自分の中で一番爽やかな顔で答えた。


「喜んで!!」

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