二十二話 獣足りえた

「いた」

 通路の奥の行き止まりに、ライバはあの灰色の機体を確認した。爪で傷を負わせたはずの装甲は、所々削られつつも修繕されていた。自分の生まれ育った場所で、目標へ追い付くのは容易だった。



「もう交代」

 ライバはコックピットから自分のプラモデルへ命令した。


「あとはぼくがやるよ」

 感情の抑揚の無い声が、獣の首輪となって動きを止めた。


「あれはクローンのプラモデル。ぼくがやる」

 ハンドルを二つに割ったような操縦桿に手に、ライバは獣へ鎖を付けた。


「ぼく以外の顔が組んだ、プラモデル」

 ライバはそれが気に食わなかった。






 純粋な思いでプラモデルは動き出す。

 理由理屈は知らなくていい。


 ライバは大人たちからそう聞かされていた。



「そうだライバ。それでいい」

 自分の中で、自分の殺した父の言葉と笑みが張り付き続けている。


「私はかつて、自分の組み上げたプラモデルに意思を見た。私にできたのだから、実子とクローンを作り、そして外部の妻を使えば、更なる意思疎通が可能となる」

 このプラモデルで行われた初の駆動実験の最中だった。


「お前が完成されたそれは、人を殺すこと訳ない獣だ。それは獣ではなく、兵器にならなければならない。お前がそれを乗りこなすのだ」

 それは少し動いただけで父の脇腹を突き破り、周りの研究員の首を刎ね飛ばしたした。


「お前の子、お前だけの兵器、私が作った私の兵器……」

 笑顔のままで父は息絶えた。

 どこぞの国がどうたらと言っていたのを耳に挟んだことがあるが、今のライバにはどうでもよかった。




「もうこっちからは交代しないから」

 接敵する直前に、自分の機体の姿を変えた。


 地に着けていた両腕を上げ、二本足で躯体を支える。肩を引き下げ延長していた腰を胴体へスライドさせた。頭がせり上がり、シルエットが変わっていく。

 顔の形状が牙を持つ獣から、理性を持った人の顔を模す。


「ぼくだけでやるから」

 唸り声すら返すことを許さず、名もない機体を灰色の敵へ突進させた。




 自分の顔と同じあれは、自分の父のクローンの一人だと聞いていた。


 クローンの話を聞いてから、ライバはパイロットが同じ顔なのか確かめるため、コックピットから引きずり出して確認してきた。


 同じはずのあの顔は、他の顔とは違って見えた。




「邪魔」

 割りこんできた邪魔な敵を弾き飛ばし、エクソダスへ爪を向けた。敵は盾を押し付けるようにして、こちらの視界を防ごうとした。


 獣ならばそれでいいだろう。盾へ爪を立てれば突き刺さって動きが止まり、無視をすればそのまま押し付け動きを止められる。


「これも邪魔」

 そんなものは見透かしている。


 敵の盾を手で持って起点にし、その裏へと回りこんだ。敵の伸ばした腕を死角に脇へと滑り込み、爪をねじ込む。


 そこへ銃声が響いた。

「あれ、邪魔だな」

 狙撃が機体の腕を弾かせ、爪が逸れた。装甲には傷がついたのみだった。


 通路の行き止まり、そこの人間の使う棚。その上にはライフルを構えたプラモデルが伏せていた。こちらへ狙いをつけ、銃口を絶えずこちらへ向けていた。


 狙撃が、後方からも敵が迫る。


 クローンを確実に倒すためには、先に周りの邪魔なものを排除しなければいけない。


「向かうか」

 近づく敵へ蹴りを入れ、その反動で機体を通路の壁へと跳躍させた。壁を蹴り、通路の反対側へ飛び移る。手足の爪を駆使して機体を固定させ、さらに蹴って斜め上の壁面へと飛び移る。


 三次元的な高速移動を行い、狙撃してきたプラモデルの懐まで一気に飛び込んだ。


「……!?」

 一瞬の内に近づかれた少女の顔を持つプラモデルは歯を食いしばり、こちらへライフルを向け続けている。


「へえ」

 上から航空機のようなプラモデルが飛びついてきた。狙撃を囮にし、こちらの背後を取るまでが作戦らしい。


 獣であれば不意打ちは有効だろう。獣であれば。


「ぼくは人だから」

 脹脛のバーニアを噴射させ、体勢を仰け反らせた。敵の組みつきは空を切り、そのプラモデルの無防備な胴体が見えた。


「まずは」

 空中でそのまま足のスラスターを使い、推進力を勢いに上昇しながら蹴りを放った。


「ひとつ」

 放った蹴りは装甲を捉え、プラモデルを内部の構造ごと砕け散らせた。


「……じゃない」

 両腕を蹴りの前に出した敵は、両腕とその武装を犠牲にまだその存在を保っていた。


「はあ」

 手足を動かし体を捻り、狙撃の斜線から逃れる。腕の無くした敵を踏み台にし、通路の天井まで跳んでそこへ足を着けた。


「くる」

 逆さまのコックピットの中で、ライバは頭を上へと向けた。踏みつけた天井の破片が持ち上がるように地面へと落ちていく。視線の先には銃口が一門。


「行く」

 足で天井を蹴り顔を狙撃が掠めた。ライフルの弾丸と入れ替わりになり、足が地面を、爪が武器を捉えた。


「あっぐぁっ……!」

 少女のプラモデルは棚の上から叩き落され、武器は砕けた。破損はないが気を失っており、戦闘を続けられるとは思えない。


「さっきのと合わせてひとつ、でいいか」

 落下中。視線がこちらではなく仲間へ向いた敵機へ飛び込む。


「あ」

 それだけを言い残し、敵の緑色の上半身と下半身が引き裂さかれた。


「プラモデルならまだ動く」

 人間は体の欠損部位によっては一瞬で死ぬ。

 プラモデルはそうではない。パーツが無事ならば、痛みに耐える限りどこまでも意識を保ち続ける。


 敵の残骸を引きちぎりながら別の敵へ投げつけ、接近への布石を打つ。


「ふたつ」

敵が怯めば近づき仕留める。

「よっつ」

対応されれば一撃を加え標的を変える。

「ななつ」


 飛び道具は仲間の残骸を盾に防ぎ、優先的に叩く。


「最初、いくついたっけ」

 倒していく内にふと気になったが、全滅させれば同じだとと頭の隅へ放っておいた。



 呻き声のする場所へ残骸を放り込み、ライバは辺りを見渡した。


「じゅうと、ご」

 この場で立っているものはもう二体しかいなかった。


 途中で援軍が来たが、物の数ではなかった。


「随分と強いんだな、お前」

 一体が話しかけてきた。ロボットの骨のような見た目をしていた。


「だが、お前は獣だよ」


「はあ?」

 思わず反応してしまった。

 話を聞くつもりなどなかったが、このプラモデルにはクローンへの止めを邪魔された覚えがある。


「姿を獣から人に変えようが、理性で乗りこなそうが、お前たちは獣だ」

 お前ではなく、お前たち。


 この敵は、自分のことを獣と言い切った。


「ブルース、もうひと踏ん張りだ。そうすれば俺たちの勝ちだ」

 もう1体の立っているプラモデルへそう言って、ナイフを構えた。


「君もつくづく、乱暴な作戦を提案したものだ」

 呼ばれた全身が青いプラモデルは、両手に光を放出しているサーベルの基部を持ってライバへと向けた。


「ああ、イライラする」

 率直な感想が口から出る。敵はライバの神経を逆撫で続けている。


「ぼくは人間だよ」


「いいや獣だ。だから気づけない」

 操縦桿を持つ手が震えた。


「もういいよ」

 話はもういい。衝動のままに爪を突き立てんと突進する。


「だから、お前は目的を見失う」


「!?」

 サーベルの光が目前に迫り、弾けるように飛び退いた。


「隙は逃さんさ」

 青い機体の投げつけたサーベルが肩を切り裂く。身を捻らなければ串刺しになっているところだった。


「逃さないと言った」

 着地と同時に頭部に衝撃が来た。操縦桿を引いて盾が投げつけられたのだと理解した瞬間、胸部装甲が切り裂かれた。


「……!」

 後ろへ飛び退かなければ死んでいた。


「ふむ、我々がいれば被害は少なくなっていたか」


「いいや。これでいい。作戦で勝てればそれがいいんだ」

 この余裕は何なのか、ライバにはピンと来なかった。だがどこかがおかしい。


「聞いた話だが、お前は特級に強いらしい。俺よりも強いらしい。だから正面からは戦わないことにした。万全のお前とは戦わせないことにした」


「はあ?」

 二体からの攻撃を捌きながら聞き返した。


「何が言いたいんだ」

「お前の目的は何だ、言ってみろ」

 更に敵が聞き返してきた。


「いいかげんにしろ」

「視野が狭いな」

 息つく間もなく光が機体の頬を掠める。



「私たちは、いつから君の目の前にいたのか考えたまえ」

 ここで気づいてしまった。


「隙あり」

 コックピットを激震が揺らした。サーベルが左腕の関節を切り飛ばし、ナイフが首筋に突き立てられた。


「クローン、か」

 真っ先に狙ったあのクローンが、どこにもいなかった。


「正解だ。彼らには彼らの役割がある」

「俺たちは案内をしていたんだよ。このろくでもない施設をぶっ潰すに、最適で最高な方法を思いついたからな」

 施設全体が揺らぎ、所々から炎が上がっていた。


「もう要救護者を乗せた船は出た! あいつらを縛るものは何もない! ここから出る方法は、船だけじゃないんだよ!」



 何故この施設に潜入したのがプラモデルだったのか。

 国営による大規模な研究施設ならば、他国や反対組織による、武力を以ての突入作戦が可能なのではないだろうか。


 本来ならばそうであろうが、それが可能ではなかった。地面があり、海があり、空があるのなら可能であった。


 進んだ技術は目を眩ませる。進んだ技術は自らの首すら絞める。


 施設の一角で、プラスチック製の十五メートルの巨大ロボットが立ち上がっていた。


 宇宙に浮かぶ燃える施設を背景に、脱出船を見送るかのように立っていた。

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