第二十話 こどもたち

「当時は何も知らなくて、ただただ気楽に構えてたわ。だから、初めてシュウが怪我をした時にはもう遅かったの」

 ポツリポツリと、メイは話し始めた。


「私も初めは、自分たちがクローンだなんて思いもしなかった」

 メイは頭に手を当て、シュウに支えられながら続けた。


「でも、一人目のシュウが死んで嫌でも知ってしまったの。モニターの中で潰されたはずのシュウが、なにも覚えてない状態で出てきたから……シュミレーターから出て「ここは? 君は?」って……持ち物も着ている白いシャツとズボンのみで……」

 シュウは自分がここで目を覚ました時のことを思い出した。自分も、同じことを言っていた。


「彼は私の判断ミスで死んだわ。だから、次は慎重に戦うようにしたの。勝ち負けじゃなくて、生き延びることを考えたの」

 負ければ栄養食。勝てば固形食。逃げ延びれば、死にはしない。


「……でも!」

 叫び、目の前のシュウの肩を掴んだ。


「あなたは配給された食料を全部私に譲ったの! お腹が一杯だからって! 自分が餓死することを考えないで! 逃げたから負けたから気にしないでいいよって!」

 メイは息を荒げ、シュウへと叫ぶ。


「気づけなかった! 食べているところをまともに見たことがないなんてシュウが死んでから気づいてしまって! 優しさが憎くて憎くて、耐えられなかったの!」


 自分にではない。

 そうわかっていても、シュウには止められなかった。




「そこへ三人目……彼だけは、もう絶対に先に死んで欲しくないって、思った……もう半年が経ってたから、データが溜まってたからあの人の成長は早かった」

 咳を交えて息を整え、メイは再び話し始めた。。


「負けても死なないように。勝てるなら勝機を逃さないようにって。戦闘だけじゃなくて、生活面でも私は徹底的にやったわ。今度こそ、私が先に死ぬために」

 メイの瞳が動く。目の前の自分を見ていないのだとシュウは感じ取った。


「そしたらね、好きだって言ったのよ。我が身可愛さに後方をしてる私に、あの人は好きだって」

 自嘲の笑みが、目の前にあった。


「前向きなところが好きだって。自分の非を認める素直さが好きだって。身を案じてくれるところが好きだって……素敵だって」

 瞳から、涙がこぼれた。


「冗談みたいよ。私はあなたがクローンで初めてじゃないって黙ってた、酷い性格をしたクローンなのに……あの人は家族がこういうものだと思うって、言ってくれたの……私も彼が好きだった。二人でここから出たいって思ったの」


 メイは体を震わせ、笑い、泣いていた。

 肩の手が滑り落ち、メイの頭がシュウの胸に当たった。




「ある日、シミュレーターの機能を応用すればこの部屋の外に出られるってわかったの。そうすればこの地獄から出られるかもしれないって」

 

「でも目をつけられて……あの人は殺された。モニターの中で獣にコックピットから引きずり出されて、食いちぎられた。そして……『長生きしてるから、生かしてはおく』って、通信が……あの人の死にざまを……見せつけられながら」


 獣。

 あのプラモデルが思い浮かんだ。




「私はもう、長くないわ。寿命が近いの」

 固まったシュウに、メイは再び肩に手を置いた。


「私が作られてもうすぐ一年……平均寿命が3か月だから、長生きのサンプルだって見逃がされているのが現状なの。だから最近、諦めがつくようになったわ」

 そう言ってメイは自嘲気味に笑った


「私は、あなたにあの人を見ていたの! あなたが強くなればなるほど、あの人が重なって思いだして……」


 血の混じる咳をしても、慟哭は止まらない。


「あなたを抱きしめたんじゃないの! あの人のことを考えてしまったの! 私は! わたしはぁ!」


 白い床に、シュウの胸に血が飛んだ。


「私はまた! 死んで来いと言って生き延びるの! 消耗品のような人生を伝えないまま、私だけ……」


「僕は死なない!」

 シュウは無理矢理メイの頭を起こし、両腕で抱きしめた。


「僕と約束したじゃないか!」

 悲痛な思いの丈は確かに聞いた。


 だからこそ、胸に響いた音を、直接ぶつけた。


「僕は僕が決めたんだ。メイが誰だってメイなんだよ」

 目を見開くメイを体を抱き寄せる。メイは力が抜けたようにシュウへ体重を預けた。


「僕は怪我をしても帰ってきたよ。食事だって、ちゃんと目の前で食べてるよ。僕はメイを、家族だとは思ってないよ」


「! ……でも」


「でもじゃない。二人でここから出るのは、前のシュウが決めたことじゃない」



 見つめ合っていた。

 似た色をしているが、顔立ちはまるで違う。



「今は泣こう。気が済むまで泣いて、最後に精一杯笑おう」

 手と手を合わせた。脈打つ感覚が伝わってきた。





『シミュレーションで待ってる。二人で来てくれ』

 とだけ書かれたメモが置いてあった。


 ボーンは書置きを残してその場からいなくなっていた。


「そういえば、前にも書置きしてたよね」

 ボーンの配慮に思わず笑い、二人は顔を見合わせた。



「行こう、メイ」

「行きましょう、シュウ」

 二人はシミュレーターへと入った。



 迷いはある。不安もある。

 だがそんなことよりも、メイとここから出ることがシュウにとって最も重要なことだった。

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