第十八話 それぞれの顔

「う……」

 シュウは振動を感じて目を覚ました。



「ここは……痛っ」

 体を起こそうとして痛みが奔った。立ち上がることはできそうになかった。

 首だけを動かし、目眩のする視界が正常に戻っていくにつれ、状況が飲み込めてきた。




「なん……」

 シュウはコックピットから投げ出されていた。シミュレーションのはずの白い空間に。




「へえ、それってエクソダスなんだ」



 上から声が聞こえた。見上げると、そこには静止した敵機と、その胸部に立っている人物の顔が見えた。


「見てみたかったんだ。その顔の形が」


 その顔を見たシュウは、体の動きが止まった。


 体中から汗が湧き出た。怪我で痛んでいる体から熱が逃げ、芯から冷えていく。




「決着は着いたし、もういいよ」

 その人物が右手を挙げると、敵機がメイスを振り上げた。



「逃げなきゃ」

 言葉とは裏腹に、シュウは指一本動かすことができなかった。




「じゃ」

 軽い言葉で、重いメイスを振り下ろさせたその顔は。




「僕から、逃げ」

 シュウと瓜二つだった




 自分の顔とそっくりだった。

 その自分が凶暴な機体を操り、自分の息の根を止めようとしている。


 感じたことのない悪寒が、抵抗しようとする意思を挫いた。


 心が凍りついていく。もうすぐ自分は潰される。




 振り下ろされた影が、視界を埋め尽くした。






「諦めないで!」


「!?」

 意識が引っ張り戻された。


「私の知ってるシュウが、こんなところで死なないで!」

 声を聞くだけで体に熱がこもった。心が溶け、芯が温かくなっていく。


「……メイ!」

 顔を上げて目を見開いた。

 振り下ろされたはずのメイスは、シュウを潰すことなく地面へ突き刺さっていた。



「極意その四……油断大敵!」

 ボーンが割って入り、敵の腕を蹴り上げていた。


「説明は後だ! コックピットへ戻れ!」

 怯んだ敵の正中線へ蹴りを入れ、攻撃を続けながらボーンは叫ぶ。敵は怯んでこそいるが、ダメージを負っているようには見えない。ボーンの攻撃が時間稼ぎなのは明白だった。


「こっちから動かすから乗って!」

 エクソダスの腕が動き、装甲の剥がされたコックピットへシュウを案内する。


「シュミレーターを強制終了させるわ!」

 通信からはメイの声が聞こえてきた。


「メイ!」

 様々な感情が渦巻きながら、シュウは転がり込むようにコックピットへ入りシートにしがみついた。



「戦闘終了!」

 メイが言い切ると同時に、シュウの意識は暗転した。



◇◇◇◇◇◇



「どういうことなのか、説明」

「するよ。俺の言えることは全部言う」


 ボーンはシュウの質問へ被せ気味に答えた。


 シミュレーションは強制的に打ち切られ、シュウは部屋へ戻り手当てを受けていた。


 

「どうして、シミュレーションであんなことが起こるの。ボーンは何者なの。あの僕の顔は誰なの」

 メイに怪我の手当てをされてから、シュウずっとうつむいている。


「敵が勝手に動いた。あの場所はなに。こんな怪我はどうして」

 考えを纏めて言っているのではなく、頭に浮かんだ文字の羅列を垂れ流すように口にしている。


「僕はなんなの。メイは変だよ。ここはどこなの」

 言葉が徐々に詰まっていく。


「メイは、助かるの?」

 絞り出すように、ボーンへ聞いた。


「……ああ、全部答える」

 メイも黙ってうつむいていた。


「お前たちはな……」

 縋るような目をしたシュウと目を合わせないメイを、何度も交互見て、ボーンは意を決した。




「お前たちはな。クローンなんだ」

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