十七話 一人の戦い

 メイが風邪を引いた。出会ってから風邪を引いたところを見るのは初めてだった。


「こういう時は寝ていればいいから……」

「……ごめんね」

 メイは弱々しく咳き込み、椅子の上で毛布に包まっている。


「せめて寝転べ。それじゃ休めないぞ」

 ボーンがメイへ促したが、メイはそれでもとモニターへ向かおうとしていた。


「メイ!」

「大丈夫だいじょうぶ……」

 無理をしているのは一目でわかった。


「もう布団があるんだから眠って!」

 すでにボーンたちはこの施設を制圧しつつあった。ここにはぐっすりと眠ることのできる布団もある。

 だが、メイはまだ一度も眠っていなかった。


「余裕はあるんだから休んでよ!」

「だめよ……いつ戦闘が始まるのかわからないじゃない……」

「メイッ!」

 思わず声に怒気が混じる。


「戦闘開始、よ」

 メールが届いた。

 もう強引にでも寝かせようかと思った時だった。




「ボーン。メイをよろしくね」

 返事を待たずに、シュウはエクソダスをシート下部に入れ、レバーを引いてシュミレーターの中へ入った。


「おい! それは」

 なにかを言いかけたボーンだったが、シュウの耳には届かなかった。


「僕一人で終わらせて、ちゃんと休ませなきゃ」

 シュミレーターの動作確認をしながら呟き、そしてふと疑問が頭をよぎった。


「……なんで僕、こんなに焦ってるんだろう」

 無意識の内に頭を押さえていた。


 メイが体調を崩したからだろうか。休むこをしないメイへの、日頃の鬱憤だろうか。そんな彼女をどうにもできない、自分自身への憤りだろうか。


「……あ」

 泡のように考えが浮かんでは消えていく。頭を押さえていた手が下へと落ちた。


「あれ?」

 理由はわからない。ただただ、言い様のない悪寒だけがシュウの体を突き動かしていた。


 そうして意識がはっきりしないまま、シミュレーターの準備が終わっていく。


「あ……」

 気がつけば、エクソダスの設定がモニターに映っていた。力を抜いた両手も操縦桿を握っていた。


「と、とにかく戦闘だ」

 気を取り直そうと、シュウはエクソダスの確認を始めた。


「ハンドバズーカ、ミサイルランチャー」

 重量の問題を考えながら、声に出して確かめていく。


「マシンガン、それから……」

 確認をするシュウの声には誰も頷いてくれず、口を挟んでもくれない。

「確認、終わり」

 確認を終えても通信は無言のままだった。


 先ほどからずっと、コックピットには自分以外の声がしていない。今の自分は1人だと嫌でも自覚させられた。メイに無理をさせるわけにはいかないが、自分一人で何とでもできるとも思えなかった。


「早く、帰ろう」

 胸に手を当て、声を絞り出した。


 気を取り直すことも自分の考えを纏めることもできず、シュウ一人の戦いが始まった。




「戦闘開始」

 白い背景に四角い立方体のブロックが浮かんでいる、奇妙な戦場だった。


「接地を確認……だけどここは……」

 シュウは辺りを見渡したが、少なくともシュウの知っている場所でなかった。


「アラート?」

 新しい情報がモニターに映った。

 距離はたったの30。踏み込めば接触できる位置。


「!?」

 久しく感じていなかった衝撃が体を襲った。


「獣!?」

 飛びかかってきた敵機を見て、シュウは思わず叫んでいた。


 四足の猛獣を無理矢理人型に押し込めたような、美しさと凶暴さを持ち合わせたプラモデルだった。白い体に爪を唸らせ、体躯に不釣り合いな大きさの長い鉄塊を片手に、こちらへ瞳のない鋭い目を向けてきていた。


「離脱!」

 手放しかけていた操縦桿を握り直し、シュウはエクソダスをその場から飛ばせた。ペダルを踏んだ足が反動で押さえつけられ、よろけながら距離を取った。


「くぅ……!」

 最近は軽い振動や音声だけだった衝撃や反動が、なぜか元に戻っていた。しかしシュウに気にしている余裕はなく、不意打ちの損傷を確認した。


「損傷は、軽微」

 幸いにも装甲は胸部が少し削れたのみだった。

 逆に言えば一撃だけで厚い装甲が削れたということでもある。武器を持った両手と肩の大型シールドをすり抜けて、確実にこちらを倒しにきていた。


「全力後退!」

 それがわからないほどシュウは鈍くなく、距離を取ろうとするぐらいの冷静さは、まだ保っていた。


「ここで撃つか、それとも」

 全力で後退しながら、目の前の敵へ意識を集中させる。


 本来なら敵の攻撃を誘っているところだが、敵はこちらへ今にも飛びかからんとしている。次はあの鉄塊に見紛うメイスを叩きつけにくる。


 飛び込んでくるならば、こちらは近づかずに高火力を叩き込むまで。


「決めた、撃つ!」

 迷っている暇はなかった。


 シュウは操作パネルをシートの脇から取り出し、エクソダスの肩や腿に増設したミサイルランチャーから大小問わず全弾をセットさせ。

「発射!」

 敵を捉え、トリガーを引いた。


 絶え間ない発射音が一つの音となり、噴射煙が自身の姿を隠し空間へ道を作る。数十もの弾頭が障害物を巻き込み爆発した。


「こんな衝撃……!」

 反動に歯を食いしばり、意識をどうにか繋ぎ止める。モニターには爆炎と爆風、そして拡散された煙しか見えない。


「今の内に逃げる!」

 敵の姿も見えない。つまり、敵もこちらが見えない。煙から自機を見せないよう機体を後退させた。


「カウントはある。最悪逃げれば終わる!」

 敵にするには未知の情報が多すぎる。有効打が見つからなければ、時間切れも策の内に入る。



 だがそれは甘い考えだった。



 衝撃がシュウの体を吹き飛ばし、ベルトと接している肌が擦り剝けた。


「!?」


 意識が暗転と覚醒を往復し、なにかが飛んできたのだとシュウは遅れて理解した。


「……損傷は」

 小さく開いたモニターから、右手の武器と装甲が吹き飛ばされ、背部のブースターが抉り飛ばされたことが確認できた。


「あのメイスを投げた?」

 口に出した瞬間、モニターにノイズが奔った。更なる衝撃が体を揺さぶり、シートに全身が叩きつけられた。頭部に蹴りを入れられ、組み付かれてしまっていた。


「ああ!」

 武器が握りつぶされ、武装が破壊されていく。蹴り飛ばそうとしたが間に合わず、踏みつけられて足場が崩れた。


 重力に従い落ちていく中、ペダルを目一杯踏み込み機体の落下に備えた。


「アラート!?」

 空中できる精一杯の行動だったが、追撃してきた敵機がエクソダスを蹴り砕いた。


「アガッ」

 空中では成す術がなく、無防備な腹部装甲が砕け散った。


 シュウの全身を衝撃が包んだ。痛みのあまり目を見開き、肺から空気が抜け喉が詰まった。


 エクソダスは足場の一つへ跳ねる様に転がり落ち、機能を停止して倒れ伏した。


 コックピット内は暗転を繰り返し、モニターにはヒビが入った。シートはベルトの器具が壊れシュウの頭を打ち据えた。



「ごめん、メイ……」

 意識が途切れる瞬間。シュウは血で染まった視界にメイの幻を見た。


 メイの顔は、泣いていた。




 シミュレーターは火花を散らし機能を停止した。


 途切れ途切れのアラートだけが状況を示していた。


 敵が、エクソダスの側へ降り立った。

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